ディア・デザート・ダークナイト

リンセ@サスペンスアクション執筆中

プロローグ

 鎧を着ながら、泡立て器を使ってメレンゲを作ることにも慣れてきた。

 時刻は午後。明日のために仕込みをしておこうというのは、昨日から決めていた。


 ゾディアック=ヴォルクスは、卵白が入ったボウルを傾け力を抜く。そのまま「一」の字を書くように、泡立て器を動かし続けた。

 兜を被っているせいで視界は狭いが、卵白が白くなっていく様はよく見えた。


「ゾディアック様」


 視界の隅から、オレンジの髪が躍り出た。次いで、赤黒いヘッドドレスとケーブが目立つ、黒いゴシックドレスを身にまとう少女が姿を見せた。

 くりっとした瞳に淡い桃色がつやめく唇に可愛らしい顔立ち。

 まるで命を吹き込まれた精巧な人形のような少女だった。


「こっちの仕込みは終わりましたよ」


 顔に花を咲かせながら、ロゼは言った。


「……ああ」

「お昼ご飯作っている時に、一緒にやっちゃいました」

「そうか」

「あとはゾディアック様のケーキだけですね!」

「……ああ」

「自信のほどは?」


 腕の動きを止め、黙った。


「自信持ってくださいよー! 今回は成功します!」


 ロゼはゾディアックの腕を掴んでグイグイと引っ張る。


「膨らまなかったら、どうしよう」

「私がサポートしますから、安心してください!」


 ロゼは楽しそうに喋り続けた。特徴的な八重歯やえばが見え隠れする。鋭く尖るそれは、鋭利なナイフのような輝きを放っている。


「ところでゾディアック様、どうして鎧姿でケーキ作りをしているのですか?」


 全身が黒色の、重厚な鎧を身に纏った大男がキッチンに立ち、料理器具を使っている。

 しかもエプロン着用。

 中々シュールな光景だ。


「新手のギャグですか?」


 ロゼが小首を傾げた。


「……ギャグじゃない。この後、モンスター討伐に行く」

「もしかしてここから出発する感じですか?」

「ああ」

「で、パーティメンバーがここに集まると」


 頷くと、ロゼも納得したような声を出した。


「じゃあコッソリついていきます!」


 オレンジの髪が躍る。


「明日、誕生日のあの子を傷つけるわけにもいきませんし!」


 可愛らしいウインクが見え、ゾディアックは口元を緩めた。

 それから順調に仕込みを終わらせると、呼び鈴が室内に響いた。


「来ましたね」

「……行こうか」

「はい!!」


 スカートをふわりと躍らせながら、ロゼは玄関へ向かう。

 玄関から、仲間たちの楽し気な声が聞こえてくる。


 ふと、ゾディアックは懐かしい感覚に襲われた。

 駄目な自分が、素敵な仲間たちと出会うことができたのは、奇跡だ。

 それもこれも、お菓子作りをしよう、という考えからすべてが始まったのだ。


 お菓子作りを通じて出会った仲間は、かけがえのないものになっていた。

 いつお菓子作りを始めたのだろうか。


 そう、確か半年前。

 愛しい同居人であるロゼのために、とあるデザートを作ろうとしたのが、すべての始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る