Dessert0.下準備

第1話「漆黒の騎士」

「おい!! 聞いてんのかよ!!」


 テーブルの上に拳が叩きつけられ、周囲に音が響き渡る。

 脳内に氷水を流し込まれたような感覚だった。恐る恐る、目の前にいる男を見る。金色の短髪に筋肉質な体。鎧の隙間から見える肌は浅黒い。


 兜の隙間から見える男の表情は、怒りに満ちていた。


「お前に言ってんだ! 最強の暗黒騎士さんよ! 寝てんのか!?」


 ハンドアックスを使って戦う斧術士ファイターであり、パーティリーダーでもあるウェイグ=フェイロンが唾を飛ばした。


「本当どういう神経してるわけ? あんたのせいで私たち死にかけたんだけど!」

「だからこの人と組むのは嫌だと私は言ったのに」


 目が大きく、茶髪の長い髪が特徴的な魔術師マジシャンのメーシェル=マリーナと、青い髪をした槍術士ランサーのロバート=カナディクスがジロリと睨んだ。


 3人の嫌悪感漂う視線は、漆黒の鎧を着た暗黒騎士ダークナイト、ゾディアック=ヴォルクスに注がれる。


「ダンジョン入ったらトラップ引っかかって、超強いモンスターに吹っ飛ばされて……! おかげで私のローブ破けたんだけど!」


 メーシェルは穴だらけのローブをゾディアックに突き出した。

 見た目は上等な布っぽいが、裏地を見れば安物だとわかる代物だった。ぼったくり商品だ。


 ことの経緯いきさつはこうだ。

 3人はいつも単独ソロで活動している、ゾディアックを雇い、難易度が高いとされているダンジョンの攻略に挑んだ。


 3人はゾディアックがいれば安心だと高を括り、緊張感無く進行した。

 結果として、簡単な罠にはまり、装備が貧弱でモンスターには歯が立たず。攻略は最序盤で諦めるという結果に終わった。


「最強のガーディアンなんだろ、あんた」


 ウェイグが聞いてきた。ゾディアックは頷く。


「トラップに気づいていたか?」

「……ああ」

「じゃあなんで教えなかったんだよ!?」

「楽しそうに、3人で話をしていたから」


 ゾディアックはふぅと息を吐いた。


「邪魔したら、悪いと思って」

「馬鹿にしてんのかてめぇ!!」


 ウェイグは拳をテーブルに叩きつけ立ち上がった。


「自分が実力者だからってなぁ、弱い連中のこと下に見てんじゃねぇよ!!」


 ゾディアックは渋面じゅうめんになった。自分の実力不足を、人のせいにしないで欲しかった。実力に見合ってない場所を攻略しようとしたら、こうなることは必然なのに。

 寄生職パラサイトになろうとした罰ではないか。


 しかし、指示が遅れた自分が悪いのも事実だ。ゾディアックは席を立った。

 突然壁が現れたような錯覚に陥ったウェイグは顔を強張らせた。


「な、なんだよ。やんのかてめぇ」


 これ以上の問答は無駄だと思ったゾディアックは、腰に装着していた小さな布の袋を取り、テーブルの上に置く。


「……これで直せるだろ」


 ゾディアックは早口で言った。

 ウェイグが飛びつくように袋をふんだくり、口の紐を解いて中身を確認する。


「けっ。これで許せるかよ」


 文句を言いながらも、顔はほくそ笑んでいた。なんとも醜い顔だった。

 初めからこうやって金をせびるのが目的だったのかもしれないが、もはやどうでもよかった。ゾディアックはきびすを返し、テーブルから離れる。


「もう二度とセントラルに来んじゃねぇぞ、クソ野郎!」

「本当気持ち悪い。何考えてんだろうね、あいつ」

「もうよしましょう。剣を振るしか脳のない馬鹿なんですよ。アレは」


 後方から侮蔑ぶべつが入り混じった、嘲笑ちょうしょうかと思われるほどの笑い声が聞こえてくる。

 周囲からも、失笑や呆れの色が混じる視線が注がれる。


 なぜ、こんな風に言われなければならないのだろう。

 ただ一緒に戦いたかっただけなのに。ただ仲間が、友達が欲しかっただけなのに。

 

 ゾディアックは泣きそうになりながら、その場を後にした。




★★★




「まぁたイジメられとるわ……あいつ」


 2階のテーブル席からその様子を見ていたエミーリォ=カトレットは、白髪交じりの髪の毛をかき上げた。

 真円型のサングラスをかけなおし、呆れたようなため息をつく。


「あの騎士、ゾディアックでしたか。本当に強いのですか?」


 隣に座っていた男は、足を組み直した。


「ああ。あれでものガーディアンじゃ。我がセントラルの、というよりサフィリア宝城都市の宝よ」

「あんな扱いされてますけど?」

「あいつは性格に難があるからのぉ」

「嫌気がさして、出ていかなければいいですね」


 ゾディアックの姿を見ながら男は言った。


「それはないのぉ。あの程度で、ゾディアックが逃げ出すわけがない」

「ほう。それはまたどうして」

「あいつは強い。お主にもいずれわかる。ゾディアック=ヴォルクスの、強さというものがの」


 どこか自信に満ち溢れた様子で、エミーリォは力強く言い放った。その強さとやらを信じているかのように。

 男は半信半疑の視線を暗黒騎士の背中に向けた。




 明るい太陽に照らされる。漆黒の姿。

 まるで悪魔のようだと男は思い、口元に笑みを浮かべた。


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