第2話「タンザナイト」

 馬から降り、手綱を引いて適当な木に繋いでおく。盗まれないよう、濃霧の魔法を使う。濃霧に包まれた馬は周囲の景色と同化していく。


 これで盗まれないだろう。ゾディアックは鬱蒼うっそうとした森の中を進み始めた。


 サフィリア宝城都市の正門から出て、馬で10分ほど移動すれば「蒼園そうえんの森」がある。蒼園の森は広い森林地帯であり、モンスターの数が少なく危険度が低い。旅をしている者達にとっては、心身を休める憩いの場だ。


 漆黒の騎士は、夕日の木漏れ日を浴びながら先へ進んでいく。

 ふと、ウェイグたちから罵声を浴びた時の映像だ。


 人付き合いというのは、難しい。

 皆から好かれる人間というのは、何を持っているのだろうか。


 考えながら足を動かしていると、ぽっかりと穴が空いたような広場に出た。

 四方が薄暗い木々に囲まれた広場の中心にいき、周囲の気配を探る。


 それと同時だった。

 後方の木々が激しく揺れ動いた。


「――来た」


 思考が切り替わる。闘争心を露にしたゾディアックは振り返りながら、背中の大剣を抜いた。

 鎧と同じく全体が黒に染め上げられた剣。身長195センチのゾディアックと同じくらいの大きさ。柄も刀身も黒いため、まるで影を持っているような見た目だった。


 兜の隙間から木々を睨みつける。

 木々をなぎ倒しながら赤い影が姿を見せた。


 森林の光景には不釣り合いな、無機質な石と鉄の集合体。ゾディアックよりも大きな図体。


 全身が赤に染まったそれは「ブラスタム」と呼ばれるモンスターだった。強力な魔法によって動力を与えられ、大地を削りだして造られた超重量のゴーレム。

 金色の単眼が光るこのゴーレムに知性はなく、ただひとつの目的のために動き続けている。


目に映った物、全て壊せサーチアンドデストロイ


 巨岩をひきずるような重い音を鳴り響かせながら、鈍重な動きで迫る。

 間合いに入ると心を持たない人形は、鉄塊の拳を振り下ろした。

 

 ゾディアックは後ろに軽く飛び、巨岩のような拳を避ける。

 この拳は恐ろしくない。恐ろしいのは、紅の装甲の方だ。


 ”爆裂反射装甲ばくれつはんしゃそうこう”。

 武器や魔法で装甲を攻撃すると、ブラスタムは無詠唱ノータイムで爆破魔法を撃ってくる。

 その威力は、重装備の前衛でもまともに食らえば一瞬で絶命してしまう。


 強力な自動反撃オートカウンターを常備したゴーレム。難敵だ。


 ブラスタムは距離を詰め、右拳を振り下ろそうとする。

 ゾディアックは大剣を力強く握りしめ、切先きっさきを敵に向けた。


「フッ!!」


 一歩踏み出し、下からすくい上げるように大剣を振った。


 直後、ブラスタムの右腕が宙を舞った。


 関節部分に無造作に詰められた鉄屑と石が露出する。腕は爆発しなかった。爆破の命令を送るよりも速く斬り飛ばされたからだ。

 

 人形は腕が無くなったことなど意に介さず再び攻撃を仕掛けようとする。

 ゾディアックは両手で力強く握りしめた大剣を、勢いよく振り下ろす。


 轟音が鳴り響き、木々が突風に煽られ揺れ動いた。


 刀身はブラスタムに叩き込まれ、その体を縦に、真っ二つに引き裂いた。

 水晶で作られた金の単眼が砕け散り、赤い体が音を立てて倒れる。爆発魔法を発動する前に、ブラスタムは起動を終了した。


 地面に埋まった刀身を引き抜き、周囲の気配を探る。

 広場の近くに1体。視線を向けると、同じようなゴーレムがゆっくりとこちらに迫っていた。


 大剣を背負い、迫りくる敵に向けて左手をかざす。

 手の平に、紫電しでんが収縮していく。


「覚悟はいいな」


 息を吐くようにそう告げた。

 手の平に集まった紫電は球体となり、周囲に電撃を飛ばし始める。あまりにも高密度なプラズマは、景色を歪めていた。

 

 バチン、という音と共に紫電の球体が放たれる。

 低速の球体は、迫りくるブラスタムの体に当たり。


 その巨体を霧散むさんさせた。


 最初からそこには何もいなかったかのように、ゴーレムは消失した。残ったのは、音を立てて跳ね回る紫色の電撃のみ。


 討伐完了。ゾディアックは息を吐き出し空を見る。


 橙色の夕焼け。宝石のような輝きを放つ鮮やかな色。

 愛しいあの子と、同じ色だ。


 新手がいないことを確認すると、剣を背負い、その場を後にする。

 漆黒の騎士は夕陽を浴びながら森を後にした。




 ”ランク・タンザナイト”。

 最強の暗黒騎士として、この世界に名を轟かせる凄腕のガーディアン、ゾディアック=ヴォルクスは、今日も無傷で討伐任務を終えた。




★★★




 かつてこの世界には、”闘神とうしん”と呼ばれた人間の王がいた。

 小国の王だった”闘神”は、神に匹敵する力を持ち、世界の大半を制圧した。


 ”闘神”の政治はあまりにも暴力的で、見兼ねた女神が戦いを挑んだ。

 戦いは両者共に力尽き、広大なその地に住む生き物すべてを滅ぼしてしまうという壮絶な最期を迎えてしまう。


 ――そうした神々の争いが行われた広大な大陸は、”闘神”の名を取って「オーディファル大陸」と名付けられた。


 オーディファル大陸にはさまざまな国々と種族が存在する。

 人間ヒューダの国、亜人デミズの国、開拓されていない地。

 それらがこの地で生き、死んでいく。


 その大陸の中で、最も大きな国である「ギルバニア王国」から、ずっと南へ行くと、自由の国「サフィリア宝城都市ほうじょうとし」がある。


 ゾディアックと、彼の愛する者が、腰を落ち着けている国である。



★★★




 夕陽が沈みかけていた。厩舎きゅうしゃに馬を返却し、サフィリア宝城都市の南門こと正門へ向かう。


 もっとも人の行き来が盛んな場所にあるため賑やかな喧騒が彼を出迎える。


 ────早く帰ろう。あの子が待ってる。


 心の中で呟きながら、ゾディアックは巨大な正門を見上げた。

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