第14話「訴」

 ビオレは村の修練場で修行に励んでいた。

 今日の教官は父親でもあるシャイアスだ。


 弓の的当てで好成績を収め、魔法の試験では矢に風の魔法を纏わせた。

 シャイアスですら、それを目にした時、目を丸くした。


 「エンチャント」と呼ばれる魔法。細かい魔力ヴェーナの操作を要求されるため、誰にでもできるものではない。

 ましてや、エンチャント用の”ミスリル・ウェポン”ではなく、木製の矢でエンチャントを成功させた。

 ビオレの実力は相当な物であることの証明だった。


「どう? お父……教官」


 得意げな表情で見ると、シャイアスは腕を組んだ。しばらく渋い顔で見た後、何も言わず他の訓練生の指導に向かった。

 ビオレは唇を尖らせた。


「ねぇねぇ、ビオレ! それどうやるの!?」

「私にも教えてよー」


 仲のいい訓練生が声をかけてきた。


「うん、いいよ。こんなの誰でもすぐできるから」


 ビオレがそう言うと、緑髪の方がため息をついた。


「いいなぁ、ビオレは優秀で。私、戦いになると怖くて……」

「大丈夫! もしモンスターが来たら、私がみんなを守るよ!」


 元気いっぱいにビオレは言った。自信満々の声は、訓練場に響き渡る。

 視界の隅にシャイアスが映る。

 何も言わず、反応もせず、黙々と自分の仕事を続けていた。



★★★




 夕方。ビオレは再びラミエルが眠る広場へとやってきた。


「ラミエル!!」


 広場では、ラミエルが地に伏して目を閉じていた。

 巨大な体に近づき、ビオレはラミエルの赤い鱗に触れる。


「ねぇ聞いてよ。今日お父さんにエンチャント見せたら無視されたんだけど。酷くない!? 少しくらい褒めてもいいじゃん! きっと自分が子供の頃より私が優秀だから、嫉妬しっとしてんだね。うん、きっとそうだ」


 ラミエルは何も言わなかった。


「ラミエル?」


 首を傾げて鱗を叩く。巨大な瞼がゆっくりと開いた。


【……ああ、ビオレか】

「おはよう! 寝てたの?」

【……なぜか、な。すごく眠いんだ】


 朝に比べて、声に力がなかった。


「具合悪いの? じゃあ今日は帰ろっかなぁ」

【ビオレ】


 ラミエルの黄金に輝く瞳が、ビオレを捉える。


【もうすぐ君は、立派なガーディアンになる】

「そう、かな? お父さん、全然褒めてくれなかったよ。この調子じゃガーディアンになるの、20年後かも」

【なれる。いや……なってほしい】


 ラミエルは穏やかな声で言った。


【ビオレ。ガーディアンは、楽しいことばかりじゃない。時に残酷で、非情な選択を迫られることもある。だが、その時……勇気を持って、自分で決めるんだ。選択を、……運命を】

「ど、どうしたの、ラミエル。なんかおかしいよ」


 朝とは明らかに雰囲気が違う友の言葉に、ビオレは不安になった。

 ラミエルは体を起こす。巨大なドラゴンが、4つ足で大地を踏みしめる。


【もう暗くなる。早く帰った方がいい】


 ビオレはそれ以上問い詰めはしなかった。


「ラミエル。来週さ、また近くの山頂に連れて行ってよ」

【ああデルタ山脈を見下ろそう】

「本当!? 約束だよ」


 ラミエルの目が、小さな存在を真っ直ぐ見つめる。


【約束だ】




★★★




「ラミエルに会ってきたのか」


 夜、食事を共にしていると、シャイアスは低い声で聴いた。

 バツが悪そうに、ビオレは視線をそらす。


「そうだけど」

「今日は魔法の訓練もするはずだっただろう」

「だって、私はマスターしてるし。エンチャントもできるもん」

「あれでか? 一見綺麗にできているが酷く雑だ。望んだ威力は出ないだろう」


 ビオレは鋭い視線を向けた。


「嫌味なんて聞きたくない」

「ラミエルとはもう会うな」


 突然の言葉に困惑した眼を向ける。


「なんで」

「自然が言っている。もう、あのドラゴンに近づくな」

「な、なんで!?」

「最近森の声が騒がしい。原因はラミエルだ。あいつは災いを呼ぶ」

「災いを呼ぶって? 今日話して来たばかりだよ! いつも通り元気で────」


 言葉を止めた。ラミエルの様子がおかしかったことを思い出す。

 シャイアスは頭を振った。


「近々あいつを山から追い出す。わかったな」

「はぁ!? 意味がわからないんだけど!」

「これは決定事項だ」

「ちゃんと説明してよ!!」


 ビオレはテーブルを叩いた。


「どうして!? ラミエルはずっとこの村を、山を、森を守り続けてきた守護竜だよ!? なのに追い出すなんて酷いよ!」


 目尻に涙が浮かんだ。


「火を吐くドラゴンだけど、お花が大好きな心優しい竜だよ。それはお父さんも知っているでしょ?」

「……自然の声には逆らえない。わかるな?」


 ビオレは涙をこぼしながら父親を睨んだ。


「お父さんはいつもそうだよ。自分の意見を押し通して、いざとなったら自然がどうこう言ってさ」

「ビオレ」

「なにが元の優秀なガーディアンよ」

「ビオレ。聞くんだ」

「やだ!!! お母さんとラミエルの方が、ずっと私を見てくれているもん!!」


 そう言って席を立ち上がる。


「お父さんなんて、大っきらい!! 」


 ビオレは叫ぶように言い捨てた。駆け足で部屋を出て自室へ向かう。

 騒々しい足音が遠ざかっていき、シャイアスはため息をついて項垂れる。


「……駄目な父親だな。私は」


 ため息交じりの声でシャイアスは呟き、天井を見上げた。

 シャイアスは棚に飾られている家族3人で撮った写真を切なげに見つめる。

 今はもういない妻がそこにはいた。



 ビオレは自室に入ると、泣き顔をベッドに押し付けた。いろいろな思いがシーツを濡らす。

 まだ理解できない。父はどうしてあんなことを言ったのか。

 明日になったら、その答えが聞けるだろうか。


 だがどんな言葉が来ても、ビオレは反対することを誓った。

 ラミエルは、友達だからだ。





★★★




「――!! ――――――!!!」


 謎の音が聞こえた。薄目を開ける。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。

 カーテン越しに見える外は少し明るい。もう朝だろうか。


「――げろ!! ――――! 荷物は――!!」

「――供は――へ! ――は弓で――――」


 外が異常に騒がしかった。

 ベッドから起き上がりカーテンに手をかけると、耳に泣き声が飛び込んできた。

 同族の声ではない。


 これは、森の泣き声だ。次いで断末魔の叫びが聞こえた。

 ビオレは時計を確認する。まだ夜だ。だが外が明るい。


 橙色に近い、色。


 月明かりの光出ないことだけは確かだ。

 ビオレは困惑しながら、カーテンを開け、窓から外を見る。




 火の海と化した村の光景が、眼前に広がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る