第13話「幸せと不安と」
「ゾディアック様、お帰りなさいませ!」
「ただいま、ロゼ」
家に帰ると、ロゼが笑顔で出迎えてきた。この笑顔を見るだけで、心が満たされていくようだった。
「クエストはもういいのですか?」
「ああ、目的の物が手に入ったんだ」
そう言って買い物袋を渡す。
「なんですか、これ」
ゾディアックは得意げに鼻を鳴らした。
風呂に入り着替え終わるとキッチンに行き、材料を並べる。
「料理、するのですか?」
「ああ」
「あの、いったい何を作るつもりで?」
「パンケーキだ」
瞬間、ロゼは目を輝かせた。
「パンケーキ!!」
子供のような屈託のない笑みを見て顔が綻ぶ。
「ゾディアック様、作れるんですか?」
「……作ってみる」
「そんなに甘い物好きでしたっけ?」
ゾディアックは言い淀んだが、意を決して言う。
「ロゼが、食べたがっていたから」
「へ?」
「ロゼの為に作ってみようと思って」
一瞬呆けたような顔をすると、ロゼは自分に指を差す。
「わ、私のために、ですか?」
「……ああ」
恥ずかしがりながら言った。
ロゼは口元を両手で隠し、赤い顔で、「ありがとうございます」と言った。目を閉じ、とろけるような笑みを浮かべていた。
★★★
『まずは卵を割ってみよう! 子供でもできるから安全で簡単!』
「こういう書き方はよくないと思う。上手くできない人の気持ちを考えてない」
殻と黄身と白身が混じったボウルを持ちながらゾディアックは渋面になった。
「どう思う? ロゼ。どっちが悪いと思う?」
「僅差でゾディアック様です」
「ガッデム」
「4回割っちゃうのはやり過ぎです」
ゾディアックは肩を落とした。
泣きそうになりながら6回目の挑戦で成功した。材料を投入し、かき混ぜてからバニラエッセンスなる香料を振る。
適量振ること。と書いてあったため、30回振った。
結果。甘ったるい匂いが、部屋中に充満した。
「うわぁ! なんですかこれ!」
「い、いい匂いだと思う!」
「いや、限度があります!」
騒ぎながらロゼは窓を開けた。
気を取り直して、その上から小麦粉をボウルに入れる。
ドサッ、と、大量投入した。
卵が見えなくなり、小山ができた。
「問題はない」
「えぇ?」
ゾディアックは泡立て器がひん曲がる勢いで混ぜ、ダマがいっぱいの生地を作る。
「あの。ゾディアック様、これはもう
「だ、大丈夫。あとは焼くだけだから」
そう言ってフライパンに油をひく。水溜りのような油がひかれ、ロゼは顔を引き
生地をすくい、フライパンへ。これで弱火で2分温めれば出来上がりだ。
ゾディアックはワクワクしながら、火をつけた。
が、20秒で焦げ臭い匂いが充満した。
大慌てでパンケーキをひっくり返すと。
「うわぁ……」
邪悪さを感じる、黒い円盤が姿を見せた。
一目で、食べれないものだとわかる見た目をしていた。
「こ、これは」
「……責任取って、食べます……」
「正気ですか?」
「これは、ロゼに食べさせられない」
ロゼは肩をすくめて、皿を取り出した。
「乗せてください。パンケーキ」
「え?」
「はやく」
ゾディアックは言われた通り円盤を皿に乗せる。ロゼは躊躇いもなく、それを千切って口に運んだ。
じゃりじゃりとした食感しかなく、バニラの匂いと焦げの味が、口内で大戦争を起こした。
「まっずっ!!」
ゾディアックが丹精込めて作った初めてのお菓子を、ロゼは無慈悲な言葉と共に吐き出した。
初めてのパンケーキ作りは、大失敗に終わった。
★★★
「気持ちが嬉しいんですよ! こういうのは」
ロゼは、両膝を抱えてしょげる大きな背中に抱きつき嬉しそうに言った。
「ありがとうございます。ゾディアック様。私は幸せ者です」
「……すまない、ロゼ」
「いいんですよぉ! 最初から上手く行ったら面白くありません! 失敗でも、初めの一歩には変わりありません。大きな前進ですよ」
ロゼは楽しそうに顔の前で手を合わせた。
「次は挽回しましょう!」
「……ああ」
「とりあえず本の通りにやりましょうね。我が道を行くと、昔の私みたいにマズい料理しか作れませんから」
「……ごめん」
ゾディアックは弱々しく言って、ロゼと額を合わせた。
「かわいいです、ゾディアック様」
バニラの匂いが鼻をくすぐる。
「……ただ、なんか、完成したの違ったな」
ゾディアックは本を取り写真を見る。随分と平べったい見た目をしていた。
昨日見たのは、もっとふんわりと焼き上がり、ボリュームがあった。
「作り方は間違ってはなさそうですよ?」
ゾディアックはアンバーシェルを取り出し昨日のパンケーキの作り方を探る。
「……あ」
メレンゲ、なる項目を見つけた。卵白に砂糖を加え、かたく泡立てたものらしい。
「なるほどー。膨らますにはこれが必要なんですね」
「名称も、スフレパンケーキ、なのか」
「でも、まずは普通のパンケーキを作れるようになりましょう。頑張りましょうね! ゾディアック様」
可愛らしく微笑みながらロゼは気合を入れるようにガッツポーズした。
その時だった。アンバーシェルがアラームを鳴らしながら振動した。画面を確認すると本部からの通達だった。
『デルタ山脈で大規模な山火事が発生。火事の原因は不明。周辺に住む民間人も皆無であるため、犠牲者は無し。原因究明に志願するガーディアンは、後日各国のセントラルにて手続きを行うように』
ゾディアックは眉をひそめた。
★★★
自分の露店にいたベルはメッセージを確認し、こめかみを掻く。
「デルタ山脈には、グレイス族がいたはずだ」
火元は不明。ベルはその言葉に引っかかった。
自然の民であるグレイス族は、火を扱わないという特徴がある。となるとガーディアンかモンスターが、山火事を起こしたのだろうか。
いやグレイス族なら火がつく前に対処するはずだ。
ではいったい何が原因なのか。
「でかい仕事の予感がするぜ」
金の匂いを感じ取ったベルは、明日に備えようと、早々に店を閉める準備を始めた。
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