ディア・デザート・ダークナイト

Dessert1.パンケーキ

第10話「お買い物」

　朝食を終えたゾディアックは、地下室にて鎧を装備していた。

　大地を操る巨人、「ファーブニル」から作られた深淵の具足。

　病原菌と風を操る妖精の女王、「ティターニア」から作られた漆黒の小手。

　黒雲（こくうん）で生まれし闇の竜神、「レリエル」から作られた真黒な鎧。

　謎の鉱石で作られた、2本の角が特徴的な暗影（あんえい）の兜。

　決戦用装備を身に纏い、いつもの大剣（相棒）を背負ったゾディアックは、玄関へ向かう。

「ゾディアック様、どちらに？」

　洗濯かごを持ったロゼがそう聞いてきた。

「緊急任務をこなしてくる。大切なんだ」

「は、はぁ。そうですか」

　ただならぬ気迫にロゼはたじろいだ。

「ロゼ、楽しみにしててくれ」

「楽しみ？　えっと、はい。待ってます」

　ゾディアックは親指を立てて玄関の扉を開けた。

「いってらっしゃいませ～……」

　小首を傾げながらロゼは手を振って、その背中を見送ったのだった。

★★★

　ゾディアックはメイン・ストリート近くにある大型書店に向かった。7階建ての建物内すべてが本屋という、読書好きにはたまらない場所だ。土地柄のせいで魔導書や、マーケティング系の書籍が充実している。

　国内でも名の知れたこの本屋に行けば、パンケーキはもちろんのこと、それ以外のデザートの作り方を記した本が手に入るだろう。

　もしパンケーキ作りが上手く行ったら、ロゼが他のデザートを食べたがるかもしれない。

　ゾディアックは今後のことも考えてながら、店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃえぇぇえ？？」

　書籍を積み上げていた店員が、見てはいけないものを見てしまったかのような声を出す。他の店員の反応も、大口を開けて見送るか、視線を逸らすかのどちらかだった。

　当然だ。鎧甲冑武器装備で本屋に訪れる者など、異世界広しといえど誰も見たことがない。明らかに時と場所を間違えている。

　ゾディアックが進むたびに周囲から人が失せる。

　若いカップルは悲鳴を上げてどこかへ走り去る。「げぇっ！！？　ゾディアック！！」という声と共に視界から消え失せる者もいた。

「店員さん！　あれいいんですか！？」

「む、難しいですが、鎧姿で書店に入ることは別に禁止されてないので……」

「いないからでしょ、そんな人……」

　店員と客はガシャガシャと音を立てながら本を物色する黒い騎士を見続けるしかなかった。

　だが当のゾディアックは、そんな周囲の様子を意に介さず、料理コーナーを物色していた。今日の彼はひと味違う。

「あの鎧着た人、料理本見てるよ」

「人を調理する本なんて置いてないわよ」

　店内の隅、本棚の陰から、女性客ふたりがゾディアックの背中を見つめ、小声で囁き合った。

　ゾディアックは「初心者歓迎！　シャーレロスでも作れるデザート作成本」という本を手に取る。4日前に入荷したばかりの新刊だった。

　雑誌をパラパラとめくる。バッチリと色んなデザートの詳しい作り方が載っていた。ご丁寧に、ラムネを載せたパンケーキの作り方も掲載してある。

「クックック」

　低い笑い声が店内に木霊する。明らかに悪魔のそれである。

　ゾディアックは目当ての品を持って支払い場へ向かう。男性店員が笑顔を引きつらせながら対応に当たった。

「い、一点でよろしいでしょうか」

　頷きを返す。会計の男性店員は泣きそうな顔になっている。

　あ、とゾディアックは声を上げ、財布を取り出す。

「あの、ポイントカード」

「すいません！　命だけは取らないで！」

「え？」

「妊娠中の妻がいるんです！」

「……えっと、おめでとうございます」

　慌てふためく男性店員に対し、ゾディアックは小銭を交えて、ぴったりの金額を差し出した。

　あとは、とりあえずこの本に書かれてある材料を集めればいい。

　順調だった。何もかも。ゾディアックは鼻歌を奏でながら意気揚々とメイン・ストリートへ足を踏み入れた。