第21話「会合」

「すまないね! ガーディアンさん!! 一番腕のいい奴が買われちまって!」


 地上から600メートル上空、ワイバーンを操作している竜騎士ドラグナーが言った。ゴーグルをかけた初老の男性だった。


「にしてもめずらしいな! どっちもデルタ山脈に行くなんざ!!」


 緑の鱗が特徴的な翼竜、ワイバーンが鳴き速度を上げた。大きく広々とした背中に乗るゾディアックたちは風を感じることもない。立ち上がったり、ジャンプしても落ちることはない。


 ワイバーンの背中の上には円形状の結界が展開されているからだ。重力も働いているため、100パーセント落下の心配はない。竜騎士ドラグナーやワイバーンが死なない限りは。


 ゾディアックは右隣にいるベルに目を向ける。青い顔をして遠くを見つめていた。


「……ベル? 大丈夫?」

「……ゾディアック」

「あ、はい」

「言い忘れてたけど、俺高所恐怖症なんだ」

「……なんで……乗る前に、それ言わないの?」

「あと乗り物酔いも酷いんだ」

「なんで……乗る前にそれ言わないの?」

「悪い吐く」

「ちょ」


 ベルは地上に顔を向け口から噴射した。


「うわぁあああ!? ベル!!?」

「ちょ、ちょっとお客さん!! 背中にはかけないでくださいよ!!!」

「ま、任せろぉオロロロロロロロロロロロロ」

「あ、えっと、あ、どうしよ、ラズィ……」


 助けを求めて左隣に座るラズィに視線を向ける。


「わぁ~。やっぱりワイバーンはいいですね~。あ、下に町が広がってますね~」


 呑気に楽しんでいた。

 乗り物酔いをして吐きまくっている職業詐称の銃騎士ガンナー

 のほほんとして若干不思議ちゃん系の実力謎の魔術師マジシャン

 コミュ障でまともに喋れない最強ぼっち・ざ・暗黒騎士ダークナイト


 不安しかないパーティだ。

 ゾディアックは頭を抱えながら、どうやってドラゴンを倒すか必死に考えていた。




★★★




「本当にここでいいのかい?」


 乗せてもらってから1日と半日が経っていた。


「ありがとうございました!! それじゃあ!」


 グズグズしていられない。ビオレは背を向け駆け出した。


「あ、ちょっと!! ここで待ってようか? ちょっとー!」


 青年の声を尻目にビオレは必死に走り続ける。ボロボロで艶がない、ローツインの紫髪を揺らしながら。

 約束など忘れているかもしれない。けれど早く彼に会いたかった。約束したのだ。


 夕暮れの色が情景を照らす。

 もう、木漏れ日を楽しむことはできなくなっていた。

 心が洗われるような森林は無くなっている。人間の手が行き届いていない自然は炭色に染まっている。


 だがこの道は覚えている。広場へと続く坂が見えてきた。ビオレは体内の魔力ヴェーナを活性化させ、足に風の力を纏わせる。


「っ!!」


 魔法を発動し跳躍する。飛び上がったビオレは、一気に広場に躍り出た。

 着地と共に突風が沸き起こる。


 そして、広場にいた隻腕の赤竜を見て、ビオレは叫んだ。


「ラミエル!!!」




★★★




 ワイバーンが降下する。時刻は黄昏時、夕陽がゾディアックたちを照らす。


「ここでいいかい?」

「あ、はい。ありがとうございます。すいません」

「いいっていいって。その緑髪のあんちゃんも懲りずにまた利用してくれや」

「おうえ……あい……」

「で、俺は待機してた方がいいかい?」

「お願いします~。でも~危険だと思ったら飛び立ってくださいね~」


 ラズィの言葉に相手は首を傾げた。

 ゾディアックたちは灰色の世界を進み始めた。


「これ、凄いですね~」


 ラズィが感心するような声を出した。


「何が?」


 少し顔色が改善したベルが聞いた。


「周りの木です~。木の幹に青緑色の文字が書かれてて~」


 ゾディアックは近くの木を見る。ラズィの言う通り光る文字が見えた。


「魔法陣ですね~。しかもこれはドラグ・ノア族の文字です~。ドラゴンが結界を張っていたんでしょうか~」


 ラズィがほうとため息をついた。


「これが消えてないということは~……相手は生きてますね~」


 しばらく歩いていると、また竜騎士ドラグナーが立っていた。

 ゾディアックたちに気づいた相手は手を挙げた。


「おおい! ガーディアンっすか~!?」

「は、はい」

「あ~。もしかして。グレイス族の女の子を運びましたか~?」

「あ、運びました! ただ突然駆け出しちゃって」


 ワイバーンが喉を鳴らした。血走った眼で周囲をしきりに気にしている。竜騎士ドラグナーの青年はその首を優しく撫でる。


「相棒の様子もおかしいんすよね。なんか嫌な予感がするんで、あの子連れ戻した方がいいかも」


 その時だった。

 地面が揺れ、次いで巨大な空気の振動が、ゾディアック以外を揺らした。 

 ゾディアックの鎧も音を立てる。そして気付く。この振動が声だということを。


「な……なんすか!?」

「この声……まさかいるのか。みんな、行こう!!」


 ゾディアックが駆け出した。


「離れた方がいいですよ~。焼かれて死んでも知りませんから~」


 青年は遠ざかっていくガーディアンを見守るしかなかった。

 巨大な気配に近づく。近場の坂を上り、ゾディアックたちは広場に出た。

 何もない、殺風景な場所だった。その中心で少女が座っていた。


「だ、大丈夫!?」


 ゾディアックが駆け寄り少女を保護しようとした。


「ぞ、ゾディアック!!!」

「っ、ゾディアックさん!!」


 切羽詰まったベルとラズィの声が聞こえたと同時だった。

 途轍もない魔力ヴェーナの気配を探知した。ゾディアックは反射的に少女を抱きかかえる。


 すると夕陽が雲に隠れた。

 いや違う。雲ではない。

 ゾディアックは顔を上に向ける。


 巨大な影がいた。

 小山のような大きさをしていた。

 空を覆いつくすように両翼を広げていた。


 突如、大地を吹き飛ばすような突風が襲い掛かった。

 ゾディアックは剣を抜くと地面に突き刺し、飛ばされないよう堪える。少女が悲鳴を上げた。


 再び姿を見せた夕陽が、その影を照らす。

 真紅の鱗が宝石の如く光り輝いている。

 巨大な口と双眸が露になる。

 圧倒的な威圧感と熱量が感じられる。


 雄大で、堂々とし、荘厳そうごんですらある存在。

 ”生物の長”とも称されるドラゴン。



 紅蓮の火竜、ラミエルが、ゾディアックの目の前に降り立った。



 着地と共に地面が揺れる。

 ラミエルは大口を開けた。ゾディアックは脇に少女を抱えたまま武器を構えた。




 次の瞬間、ラミエルの口から放たれた特大の火噴ブレスが、ゾディアックを飲み込んだ。 

 


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