第4話「セントラル」

 セントラルの内部は広い。面積も広く天井も随分高い。テーブルと椅子が所狭しと設置されており、見ようによっては洒落しゃれた喫茶店のような内装である。


 テーブル席にはさまざまな装備に身を包んだガーディアンが座っていた。席はすべて埋まっており、立ちながら飲み食いしている者もいた。

 任務が貼られている掲示板付近には、多くのガーディアン達がひしめき合って仕事を探している。


 モンスターを退治し、国と世界の平和を守るために戦うガーディアンは、「セントラル」と呼ばれる施設に集う。


 ガーディアンにとって、始まりの場であり、仕事を求める場であり、友を増やす場所であり、心と体を休めるいこいの場である。

 入店を告げるベルが鳴ると給仕メイドが笑顔で近づいてくる。


「いらっしゃいま……せ」


 笑顔がなくなり、声が小さくなった。伝染するように、ざわめきが収まっていき、やがてセントラルは静寂に包まれた。


 ゾディアックは沈黙を裂くように歩く。

 兜をしていてよかった。顔を見られたら動けなくなっていた。


 向かうは左奥にある任務の受付うけつけ。カウンターは5つあり、それぞれに仕切りが置かれ、受付嬢が担当についている。

 右端のひとつだけ空いていたため、その前に立つ。


「はいどうも。お疲れ様ー」


 報告書を書いていた女性が手を止めて顔を上げた。

 気の強さがうかがえる鋭い猫目に長い睫毛。薄く施したメイクは、端正な顔立ちと健康的な肌に良く似合っていた。


 緩やかにウェーブするウルフカットの赤髪。それに加えて頭に二つある猫耳が、彼女の魅力をより引き立てている。


「……シャーレロスの、女性……」


 おまけに半獣ハーフ。呟いたゾディアックは困惑した。こんな美人の受付嬢、今までいなかった。

 初対面の美人を前に、吐き気を覚えた。


「……エミー、リォ……は?」


 消え入りそうな声でたずねると。女性が舌打ちした。


「爺か? 今日は腰が痛いっつって休んでる。だから代わりに私が受付」


 女性が自分の胸元に右手を当てる。


「孫のレミィ=カトレットだ。よろしく」

「……よ……」


 続く言葉が口から出てこない。緊張がピークを迎えていた。

 レミィは眉根を寄せた。


「なんだよ。爺じゃねぇと報告する気にならねぇか?」


 ゾディアックは完全に沈黙してしまう。口の中が酸っぱくなった。

 レミィは鼻を鳴らすと煙草たばこを咥える。黒い事務服と共に、よく似合っている。


「ブラスタム討伐したんだろ? さっすがランク・タンザナイト。最強の称号は伊達じゃないな」


 敵意は意外と感じないが、何を言っていいかわからないため沈黙を貫いてしまう。


「ベテランのパーティが壊滅したから緊急で手配した依頼だっつぅのに。速攻終わらせちまうなんて」

「……」

「これで蒼園の森の平和は保たれたってわけだ」

「……」

「んだよ。もっと喜べって」


 ガッツポーズでもすればいいのか。どんなガッツポーズをすればいい。

 思い悩んでいると、レミィは煙を吐き出し前髪をかきあげた。そして唸りながら依頼書を確認する。


「とりあえず報酬。300万ガルな。本当はもう10倍近い値段払って当然なんだけど」


 後方から妬ましさが含まれるため息が聞こえた。


「追加の報酬は出ないぞ。突発的な依頼だったしな」


 ゾディアックは首肯しゅこうする。ろくに報酬が出ないことはエミーリォから聞いていた。


「金は現ナマだけど、全部持ってくか?」

「い、いらない」


 食い気味に言ってしまう。レミィが怪訝そうな表情を浮かべる。

 喉を鳴らし、慎重に言葉を紡ぐ。


「受け取る」

「は? どっちだよ」

「ひゃ、100万だけ。受け取る」


 エミーリォとの約束だった。残りの金は、セントラルの資金源として渡す予定だった。


「あとは、そっちで勝手に」

「はぁ?」


 レミィは柳眉りゅうびを逆立てた。


「お前何言ってんだ? セントラルに寄付するってことか?」


 ゾディアックは視線を逸らしながら頷く。

 レミィは理解できないと言わんばかりに首を傾げると、それ以上何も言わずに立ち上がり、奥の部屋へ向かう。

 数分後、手に持った袋をカウンターに置いた。


「お望みの報酬だ」

「……すまない」

「ありがとう、じゃねぇのかよ」


 居ても立っても居られなかった。袋を抱え、踵を返し、早足で出口へと向かう。道中、声が聞こえてきた。


「相変わらずいけ好かねぇ野郎だ」

「俺らみてぇな雑魚と一緒の空間にはいたくねぇんだろ」


 嘲笑交じりの嫌味の言葉や呆れたような失笑、含み笑い。冷たい視線を感じる。


「自分が強いから、俺らのこと馬鹿にしてんだよ」

「ソロのくせに、粋がってんじゃねぇっつうの」

「知ってる? あいつパーティメンバー殺したことあるんだってさ」

「正直来ないで欲しいわ。黒いし暗いし。せっかくのお酒が台無しよ」


 徐々に店内が賑やかになっていく。ゾディアックが出口に向かえば向かうほど、その声は増しているようであった。


「勝ち組の考えていることはわかんねぇなぁ」

「「100万だけでいい」だってよ。かっこつけてバッカじゃねぇの?」

「まぁまぁ。あんなんでもこの街には必要なんだ」

「あんま悪く言うなよ。拗ねてこの街から出ていったらどうする」


 奥歯を嚙みながら出口へ向かう。

 ただ任務を達成し、報酬を受け取っただけ。何も悪いことなどしてない。他人を下に見ている気なんて毛頭ない。


 叫びたかった。だが吐き出すことができない。だから自分が悪い。思いを言葉にできない駄目な自分が全部悪い。


「あ、あの」


 扉に手をかけたゾディアックに、メイド服の女性が声をかける。


「せ、せっかくですし、飲みませんか? いい葡萄酒が入ったんですよ」


 ぎこちない笑みをふりまき、高い声で誘ってくる。


「いい」

「けど……」

「つまらない」


 それは「自分と一緒に飲んだら、相手がつまらない思いをして申し訳ない」という意味だった。

 だが、伝わるわけがない。鬱陶しいと思われたメイドは、悲し気な表情を浮かべ頭を下げた。

 ゾディアックはその場に立っていられず、扉を開け外へ出る。


 嫌になる――ごめんなさいも、言えない自分が。


 突き刺さる視線から逃げるように、ゾディアックはセントラルを後にした。

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