第21話 マサキ・フォックレスト

 1日の授業も終わり、マウントホーク辺境伯令嬢姉妹は学園を後にして、学園のすぐ側にある豪邸に移動する。

 元はとある国の王家が所有していた屋敷を買取り、マウントホーク辺境伯家の寮にしたものであり、今日はそこのサロンでマウントホーク派閥の貴族が集まるお茶会があるのだ。


 ちなみに旧ツリーベル邸をマウントホーク辺境伯家の別邸としているが登校に不便と言うことで、この寮内に自分達の私室を用意した姉妹は平日はそこから学園に通っていた。


 区別するために寮と言う名を与えているものの、実質はマウントホーク辺境伯家の別邸と言う認識で間違いないだろう。

 住んでいるのは姉妹とマウントホーク辺境伯家の代官の子供達で、ドラグネア城使用人の子弟が学生兼使用人として働いていたりするのだから……。


「ただいま戻りました」


 そんな邸宅の中庭で一足早くお茶をしていた姉妹に、1人の少年が帰宅の挨拶に訪れた。

 狐の獣人にしか見えない見た目ではあるが、その本質はフォックレストを統べる霊狐の頭領豊姫が一子であり、ミーティアに在住しているマウントホーク辺境伯家の住人達の中ではナンバー3になる少年である。


「「お帰り~」」

「はい。遅くなってすみません」


 第3位とは言え、上位者足る姉達とは比べようもない開きのある弟分は、念のために謝罪しておく。

 最上位にあたるマナは、礼儀作法や失言にも鷹揚であるが、マナを至高の存在と崇めるレナはそうはいかない。

 下手な言動を打てばマナを蔑ろにしたと激怒するし、レナを怒らせようものなら、いっそ殺せ! と言いたくなるような責め苦を味わうことになるので、少年は必死である。

 それでいて、決して姉には裏でやってることを気付かせないのだから恐ろしいと少年は2年ほど前にこの街にやって来た頃のことを思い出す。

 その時は、それなりに調子に乗っていたんだよな……、と。






 マサキは転生者であり、前世は地球の日本と言う国で中学生をしていた。

 ゲームやアニメが好きで学校の嫌いな何処にでもいる中学生は、不運にも交通事故に巻き込まれてしまった。

 通い慣れた通学路の曲がり角から飛び出してきた高級国産車。

 運転席に見えたのは、狭い住宅街を平気で飛ばす近所のキチガイ爺。

 彼の最後の記憶は、これが巷で有名なプ○ウスミサイルか、……だった。


 神様には会うことは出来なかったが、転生トラック相手でなくても転生出来た。

 しかも前世の記憶を持ったまま上位種族に。

 ……まあ、上位種族故の苦労もあった。

 生後数ヶ月でゴブリン退治に参加させられ、翌年には魔術の訓練が始まり、その年の暮れにはダンジョンに棲息していたマウントホーク辺境伯家の従士長レオンに預けられて……。

 とてもじゃないが、調子に乗れるような気楽な人生ではなかった。

 ……ああ、ユニークスキルがあったから。

 そこで自分の現世を振り返り思い出したのは、自分にはユニークスキル『魔裂き』があったことだ。

 このスキル発見も紆余曲折がある。

 魔術師寄りの豊姫の息子として生まれたマサキは、自他共に魔術師特化だろうと思っていた。

 にもかかわらず、幾ら修練を積んでも初級の幻術1つ満足に発動出来ない。

 そこで主君ユーリスの鑑定を受けて判明したのが、ユニークスキル『魔裂き』である。

 その能力は、全ての魔物に対して体力抵抗を無視した攻撃が出来ると言う極めて高性能なユニークスキル。

 ただし、代償として一切の魔術が習得出来ないと言う不利益を被る。

 ……と言うものだった。

 その能力は、彼が熱中したデモンスレイヤーの世界では破格のチートだが……。

 現実では、接近する前に魔術の先制攻撃を受けて沈む微妙なスキルだった。

 そんなわけで集落で燻っていた彼だが、そこに目を付けたのが主君ユーリスと従士長レオンである。


 マウントホーク領都ドラグネアから第2都市アタンタルに向かう道中に新たなダンジョン『傀儡士の隠れ家』を発見した彼らはそこで現れる大量のゴーレムに苦慮していた。

 雑魚のゴーレムなら竜属性の武器を持つ領軍の兵士でも対応出来るが、硬い上に魔術抵抗も高い上位ゴーレムは、規格外の物理攻撃力を持つユーリスと居合の構えをしていた時間だけ攻撃力を上乗せ出来るユニークスキル『重ね刃』に目覚めたレオンにしか対応出来ない厄介者だった。

 そこに現れたのが魔物に特効効果を持つマサキである。


 彼はレオンの元で、いっそ殺せ! と言うレベルのスパルタを受けてダンジョン対応要員として育成された。

 そして、一時的にダンジョンの封鎖が出来たタイミングで代官職の勉強のためにここに送り込まれたわけだが、その時には天狗になっていたのだ。

 当たり前と言えば当たり前の話で、里で劣等生だった少年が、どんどん強くなってマウントホーク辺境伯家でも上位の実力者になったんだから、鼻が伸びるのもしょうがないのだが初対面で、


「あんたが次期当主のマナさんか?

 弱っちそうだが安心しな!

 俺が守ってやるぜ!」


 等と口走ってしまった。

 レナの真横で……。

 後は地獄のお仕置きフルコースを味わい。

 2度と姉達には逆らうまいと魂に刻むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る