第2話 自己紹介?

「初めまして、マナ・マウントホークです」


 と言う出だしで始まる自己紹介を考えていたマナは、教室に案内してくれた教師にその必要がないと言われて戸惑った。

 学園物のアニメでは前に立って黒板に名前を書くのが定番だから。

 しかしあいにくとここは多くの国の貴族子弟の通う学園であり、隣に当たり前のようにメイドを侍らせてもいい学園だ。

 わざわざ名乗らせるなどと言う対応は取らせない。

 なお、彼女の通う2組は子爵以下の家の次期当主候補が多く在籍するので学級全体の3割ほどがメイドや執事を連れている。

 これが伯爵家以上の子弟が通う1組では全員に専属のメイドが付き、逆に子爵家以下で家を継げない子が多い3組ではまずいないのが普通だ。

 朝方出会ったイッショニーもこの3組の生徒で校舎内では自分のことは自分でやる。

 彼が絡んだ理由の中にはマナが登下校の護衛ではなく、メイドを連れていたことへの嫉妬があったのだ。


「マナ・マウントホーク様。

 我が主が午後のティータイムにご招待したいと申されていますがいかがでしょう?」


 好きな席に座って良いと言う教師の指示に従って、隅の方に腰掛けたマナの前に少し年配のメイドがやって来る。


「良いですよ!

 早速お友だちが出来そう!」

「良かったですね!

 お嬢様」


 名乗りもなしにいきなり午後の紅茶に誘うと言う2重の無礼を働くメイドに指摘もせずに素直に喜ぶ世間知らずの少女とそのメイド。

 聞き耳を立てていた生徒の殆どがこっそり侮蔑の表情を浮かべていたことに主従は気付かない。

 生徒達にとって不幸なことに…。


「それでお名前は…」

「おお!

 マナさん!

 今日から学園に通うと聞いてハーミットクラブへお誘いに来ましたよ!

 午後からうち主催のお茶会に参加しませんか?」

「マーナちゃん!

 さっき言い忘れたんだけど、今日は私が主催するお茶会があるの。

 マナちゃんを派閥の子達に紹介するから昼から空けておいてね」


 春音が主を名乗る生徒の名前を尋ねようとしたタイミングで2人の知り合いがやって来た。

 方や侯爵、方や王族である。


「すみません。お嬢様はこちらの方の主殿が主催するお茶会に出席すると言う先約が…」

「そうなの?

 お姉ちゃんにはもっと早く入ってくれないとダメよ?」

「こっちも急だったので後日改めて招待しよう」


 頭を下げる春音にミネット王女がお茶目な忠告をする。

 クチダーケも改めると言って引き下がった。

 この時点で教室内の空気は恐怖に満ちていた。

 頭の足りなさそうな主従をからかおうとしたら、その主従は王族の招待を軽く断れる頭のおかしい集団で、それを許容される奴らだったのだ。


「それにしてもいつの間に知り合ったんです?

 あの王女は別として、ユーリス殿にはこの街の貴族に伝手はなかったはずですが?」

「マナちゃんは誰とでも仲良くなっちゃうものね。

 けど気を付けないとダメよ?

 ルネイで会ったって言う小物貴族みたいなマウントホーク家にすり寄ろうとするだけの駄貴族もいるんだからな?」


 お分かりかと思うが、アガーム貴族のクチダーケとファーラシア王族のミネットはあまり仲がよろしくない。

 だが共に高位に属する王侯貴族であるため、マナへ向けられた悪意を敏感に感じ取っていた。

 ……頼むから言わないで!

 と言う教室中の貴族子弟の願いは届かない。


「無理だよ?

 今誘われたんだから」

「今?

 昼からのお茶会に?

 誰が主催の歓迎会かしら?」


 マナのあっけらかんとした声に答えたのは、…驚くほど低い声で呟くミネットだった。


「クチダーケ…」

「事前にマナさんの入学を知っていた奴ですか?

 ……何処の国の密偵だ?」


 優しいお姉ちゃんミネットの不穏な空気を感じたマナがこの場にいる数少ない知り合いに助けを求めようとしたがこっちも勝るとも劣らぬ不穏な空気を纏っていた。


「この者の主はすぐに出てこい!」

「はい!」


 なおこの2人は互いに不穏な空気を纏っているが理由が別である。

 …不幸なことに。


「名前は?」

「ラッテェ・ベルツです」


 呼び出された少女がクチダーケの威圧に青くなりながら名乗る。


「ベルツ?

 アガームの貴族ね?」

「ベルネット伯爵家の分家だ。

 …それでマウントホークの情報を何処で得た?」

「な、何故、クチダーケ様がこのような貴族モドキを気に掛けられるのですか?」

「貴様らが知ったことではないだろうが!」

「ヒィィ!

 申し訳ございません!」


 マウントホーク家が遠い国の名門だと思っているクチダーケは下手な情報を出して他に興味を持つ者が出るのを防ぎたい。

 結果、大きな声で少女を威圧する形になってしまった。


「そうね。

 この子は私の直属の名誉男爵の娘よ?

 少し遠慮しなさいよ?」

「私は彼女の父親から直々に面倒を見てやってほしいと言われている。

 ミネット嬢こそ、分別を弁えてはどうか?」

「春音? クチダーケ公子の言ってることは本当なの?」

「間違ってはいませんね…」


 ルネイでの騒動を思い出した春音の言葉に勝ち誇るクチダーケと苦虫を噛み潰したような表情になるミネット。

 そしてこのままあやふやになってほしいと願うラッテェ嬢だがその願いは叶わない。


「クチダーケ公子はどうでも良いわ。

 あなた、今日あったばかりの少女を普通のお茶会に呼ぶわけかしら?

 非常識なのじゃないかしら?」

「違うだろ?

 この者はマウントホーク卿の内情を探るためにマナさんを招待したんだ。

 …そうだろ?」


 常識を糾弾する王女と内偵を疑う侯爵令息。

 少女の軽い嫉妬は究極の選択をラッテェに迫った。

 非常識として婚期を逃すか。内偵者として疑われ続けるかの選択。

 この状況を悪化させたのは無邪気な少女の意図せね反撃だった。


「春音、皆私と友達になってくれるんだよね?」

「……まあそうとも言えるかと」

「じゃあ、皆一緒にお茶会しよう!」

「お嬢様?

 この人数は難しいのでは?」

「秋音に連絡して、フォックステイルを貸しきりにしよう!

 昼食時間を過ぎれば出来るでしょ?」

「…賜りました」


 マナに超甘い春音は、その願いを聞き届けることにした。

 これで変な貴族のちょっかいが減れば、ありがたかったので…。

 かくして、ミネット王女率いるファーラシア上級貴族令嬢の集まりとハーミットクラブの幹部。

 ラッテェ嬢と同じ派閥に属する下級貴族の集まる混沌とした懇親会が開かれるのだった。

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