竜の娘の苦労語り

フォウ

第1話 初登校

 父、ユーリス・マウントホークが出立した日。

 鷹山真奈美改めマナ・マウントホークはミーティア魔術都市第一学園の校門の前で途方にくれていた。

 屋敷からここまで来るのに使った馬車が大きすぎて門をくぐれなかったのだ。

 ユーリスの用意した馬車はとある侯爵が外遊のために造らせた特注品。

 それが侯爵家没落時に売り出されて、これまで商人ギルドで保管されていた代物だった。

 外遊用に外は頑強。内部はゆったりとした造りでとても素晴らしいのだが、学生の登下校用には不向きだった。


「ひとまず、馬車は帰らせましょう」

「それしかないよね」


 付き人として同行してくれる春音に同意して、門をくぐった彼女らに好奇の視線が向けられる。

 なお、この学園に通う生徒は3つに別けられる。

 寮生と下宿生、そして通学生。その中で門から先を歩いて進むのは前者の2つ。

 学園の前で徒歩通学となった通学生は彼女が初だろうからそれもしょうがないのだが。


「おい!

 お前ら何様だ!

 馬車で学園に乗り入れられるのは高位貴族だけだと決まっているんだぞ!」


 当然このように絡んでくる輩も現れたりする。


「そうなの?」

「そのような校則はございません。

 ご安心ください」


 日本では校則を守るのが当たり前だった少女は不安のあまり春音を見るがキッパリと否定される。


「暗黙の了解ってやつだ!

 そんなことも知らないのか」

「小物が上位者に媚びるために作る忖度ですね。

 お嬢様、無視で構いません」

「この女!

 俺がイッショニー・マカレール様だと知っての発言か!」

「イッショニー?

 聞いたことがございませんが?」


 春音は元々魔孤の森に住む精霊獣なので知らないのが当然だった。

 しかし、バカにされたと思ったイッショニーは護衛の騎士に合図を送る。


「この方はファーラシア王国マカレール子爵家の四男イッショニー様である!

 控えろ! 下民!」


 それ以前の問題であった。

 各国の子弟が集まるこの学園で子爵程度の家柄の子供の知名度などたかが知れている。


「子爵って偉いの?」

「主様より1つ上ではあります」

「偉いのね?」

「気にする必要はありません。

 来月には主様の方が上になっていることでしょう」

「ふうん。

 何でこの人の家族は子爵でいるのかな?」

「その程度の才覚と言うことでしょう」


 普通の貴族が聞けばぶちギレそうなことを宣う8歳児と精霊獣である。

 案の定、


「ふざけるな!

 その物言いから貴様の実家は男爵家だろうが!」

「今は名誉男爵だって言ってたよ?」

「ふん。これはお笑いだ!

 平民の貴族もどきが我ら貴族の通う学園に入ろうとでも言うのか?

 恥を知れ!」

「情緒不安定ですか?

 お嬢様は来月には子爵家の跡取りとなられる予定ですが?

 あなたはいかがなのです?

 子爵家の四男となると将来は平民墜ちでは?」

「ふざけるな!

 そんな簡単に昇爵出来るわけがないだろうが!」


 春音の言葉に激昂して否定したタイミングで直ぐ隣に馬車が停まる。


「あら?

 こんな所で何をしているの?」


 馬車から顔を出したのはミネット王女。

 一昨日からマウントホーク邸に暮らす同居人であった。

 用事で行政府に寄っていた彼女はそれを片付けて追い付いてきた。


「これはミネット王女殿下!

 いえ、この者達が不届きにも貴族の位階を軽々しく扱いまして…」

「そうなの?」

「いいえ、我が主が将来子爵以上になるとお答えしただけにございます」

「ああ! そんなこと。

 来週末くらいにはなってるでしょうけど、その情報が伝わって来るのは1ヶ月後くらいでしょうね」

「そんな…」


 王女の叱責を期待しての告げ口はなく、彼女からは春音達への肯定がなされるだけだった。


「それよりここからもそれなりに距離があるし、うちの馬車に乗ってきなさい。

 マウントホーク家の馬車は通れなかったのでしょう?」

「良いの?」

「ここは王女殿下のお言葉に甘えましょう」


 後に残されたのは、春音に促されるマナを呆然と見ていたイッショニー少年とその護衛だけだった。


「これは不味いよな」

「…はい。

 イッショニー様は王女殿下の馬車に乗ることを許される女性に喧嘩を売ったと認識されます」

「どうすれば良い?」

「謝罪するしかないかと……」

「そうするしかないよな」


 こうして1人の少女の楽しい学園生活の幕開けは1人の少年の不幸と共に始まったのだった。

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