第8話 動くもの
ユーリスの子爵昇爵とベネット高地解放が伝えられたミーティアは大騒動になっていた。
ファーラシア、マーキル及びジンバットの3国に跨がる高地は下手な伯爵領では話にならない程の面積を誇り、中央近辺には地下水が涌き出る泉。
多くの木の実とその恵みを享受する草食獣が住まう豊かな地でありながら、大陸でも最も解放が難しい地として名を轟かせていた。
原因はその地を支配するグリフォン達。
丈夫な骨格にそれを支える筋肉は遠距離魔術では歯が立たず、風を纏って空を飛ぶ彼らには弓矢も大した効果は望めない。
防衛戦ならバリスタのような城塞兵器で対応も出来るが、侵攻戦では設置する前に壊滅させられるのがオチ。
単体の脅威度はドラゴンに遠く及ばない幻獣種ではあるが、群れを為す彼らの方が損害は大きくなりやすい。
そんな存在が支配する地を解放したマウントホーク子爵の名は大陸でも最も優れた貴族家として武名を轟かせる。
ミーティアにはそのマウントホーク家の跡取り娘がいるわけで、それに取り入ろうとする輩が増えるのは必然だった。
特に大きく扇動したのは各国の大貴族達。
ある者は彼女の婚約者の座を目指して。
ある者は将来の大口の取引相手として、縁を結ぶことを望み1組への編入を訴えた。
加えて上位の教師達も彼女の恩師となることを望み学長へ直訴する。
その結果が1組へのクラス替えだった。
じっくりと攻略していく方針で動く上位貴族達に対して、下位の貴族は動くことも封じられる。
これまで家柄でしか勝てなかった貴族の子女達が将来は自分達より圧倒的な上位となることの決まった少女に複雑な感情を消化して接するのは難しかった。
それらに対して、性急に動くのは更に下の身分の子女達。
豪商の子や従士家の子供達だった。
「私はブリック商会の……」
「アゲンズ商会を…」
「私は昨年の執事部門の最優秀学生です!
何卒、お父上に…」
「従士をお探しでしたら…」
ダンジョン探索翌日、学園ではマナの登校待ちをする生徒が玄関口から1組の教室までを塞いでいた。
特に上級学生は必死であった。
彼らは学園卒業後、親兄弟とさえ争って主家に置ける立ち位置を確立する必要性がある。
対して新興で大身のマウントホーク家ならば、人材不足は明白。
入ることが出来れば、将来は約束されたようなものだ。
熱の入りようにも理解が及ぶが、そんな考えでユーリスの無茶振りに耐えれるかは甚だ疑問である。
しかし、中にはとんでもない者もいるようで…、
「はじめまして、マナさん。
私はルーネ。
あなたの異母姉ですわ!」
と、ユーリスが殺されかねない暴言を吐く者もいた。
「…異母姉って?」
「母親の違う姉と言うことですね…」
呆れた顔の春音がマナの疑問に答えた。
それを聞いてマナは眉を潜める。
「不潔……」
8歳児はルーネと言う女の言い分を信じたらしい。
しかし、
「…詳しく訊く」
秋音が睨み付けて先を促す。
「あら?
お父様の醜聞になってしまいますわ。
人払いをする必要があるのでは?」
「…不要。
お前の嘘は分かっている」
気遣う振りで耳目を減らして、自分に優位な状況を作ろうとしているルーネをバッサリと切って捨てる秋音。
「な! 何を根拠に!」
「…それの証明のために言え」
声を荒げて開き直ろうとするが、秋音のプレッシャーに死を感じたルーネは、
「私の母はメイリー。
15年前に今の父と結婚する前、冒険者との間に子を為したの。
それが私よ。
その冒険者はユーリスって名前だったと昨日訊いたのよ!」
「…悪いのはメイリー?」
「どうかしら?
今の父親ってのも怪しいけど?」
素直に話して秋音の反応を待ったが、当の秋音は姉と話をするのに忙しい。
「私達は半年くらい前に異世界召喚されてきたばかりだけど?」
「はあ!?」
対して真面目に聞いていたマナが正直な台詞で否定する。
突拍子もない話だが、勇者召喚に巻き込まれた人間がいると言う噂は、ここにいる皆が聞いたことがあった。
「…本当よ。
勇者と同じ異世界人だから、ダンジョンの攻略も出来たし、勇者と一緒にレンター王子の護衛も任されたのだけど?」
必死に否定の言葉を探したルーネだったが、幾つもの符合が一致するその情報は覆せそうもない。
「母親に確認するわ!」
慌てて飛び出していくルーネを周囲の人間は冷たい視線で見送るのだった。
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