第3話 お茶会と言う名の拷問

 ラッテェ・ベルツはベルツ子爵家の長女である。

 それなりの領地を持つベルツ子爵家で長女として甘く育てられた少女は、学園都市で自分がただの『少女A』であることを知る。

 通う子弟の殆どが貴族の第1学園。そこではベルツ子爵家の名を知る者は少数派で、自分に気を使ってくれるのは、アガームの男爵家以下の子女或いは小国群の小貴族ばかりだった。

 むしろ、自分こそが高位貴族に気を使う立場だと思い知らされた。

 そんな所に2ヶ月遅れと言う半端な時期に編入してきた少女がいた。

 難関の編入試験を突破してくる優秀な者で、しかもせっかくの奨学金を蹴って入ってくるほどの裕福な家。

 なのに親はただの名誉男爵。


 ふざけるな!


 と激怒した。

 どれか1つでも周囲の目を引く要素なのにそれを3つも備えた少女への嫉妬だった。

 だが、そこで終わって暗い感情を抱いたまま憂鬱な学園生活を過ごす予定だったラッティに転機が訪れた。


「平民の卑しい娘」


 と誰かが呟いたのだ。

 それは隣の男爵令嬢かもしれないし、奥で本を読んでいた騎士爵家の跡取りかもしれない。

 だが彼女が翌日からクラスメイトとなると担任から告げられたホームルームで確かに響いた。

 その音を福音として聞いたのはラッティだけでなかった。

 気が付けば翌日にお茶会へ誘うことが決まり、発案をした彼女が誘うことになった。

 結果、


「春音、皆私と友達になってくれるんだよね?」

「……まあそうとも言えるかと」

「じゃあ、皆一緒にお茶会しよう!」

「お嬢様?

 この人数は難しいのでは?」

「秋音に連絡して、フォックステイルを貸しきりにしよう!

 昼食時間を過ぎれば出来るでしょ?」

「…賜りました」


 と言うやり取りのもと上級貴族が大半のお茶会にドナドナされる。






「…急なご招待でしたので間に合わせですが」


 料理とお茶を運んできた店員達を代表して、冬音が迷惑そうに呟いてテーブルを準備していく。

 忙しい昼時を過ぎて、休憩をしようとしたタイミングであるので冬音の怒りも分かるだろうが、それを気にする者もいない。

 彼らの視線は眼前に置かれたロールケーキから離れない。

 日本ではスーパーで100円くらいのおやつだが、この世界では殆どの者が初めて見る珍しいお菓子なのだ。


「ありがとう。冬音さん。

 ゴンザレス、私の用意したお菓子も並べてくださいな」

「たまわりました」


 数少ない例外であるミネット王女が冬音を労い、ゴンザレスに目配らせをして、色とりどりのジャムの乗ったクッキーを用意させる。


「ウチの方でも用意した菓子がある。

 これも皆で食べてくれ」


 エッグタルトを自ら並べるのはクチダーケ。

 ハーミットクラブの者として参加しているので召し使いを連れてきていないのだ。


「……」


 それらを見ながら小さくなって俯くのが、ラッティ達の派閥に属する者達。

 彼らが持ってきたのはミネット王女達と同じクッキーだが、その質は比べることも出来ない小麦粉を練って焼いただけに等しい物。

 菓子と言うのは貴重な食材の集まりだ。

 貴族がお菓子を持ち寄ってお茶会を開くのは自分達の権力をお互いに見せ付け合う意味もある。

 彼らは急な誘いに手ぶらでやってくるマナを小馬鹿にする気でいたのだが、上位者の集まる場にて逆に自分達が恥をかく羽目になった。


「あら?

 どうなさったのです?

 …お加減が悪いのにかしら?

 そのように顔を俯かれてはミネット様に失礼ですわよ?」

「そうですわ。

 せっかくの機会をお与えくださった王女様のご厚意を無になさるのかしら?」


 脇を固める伯爵令嬢達が嘲りの色を滲ませながら問い掛けてくる。

 ……罠だ。

 どのような行動をとろうとも恥をかかされる。

 反論すればではどういうつもり? と問い詰められてクッキーもどきを出すことになり、謝罪しても詳しく尋ねられれば、マナへの悪意を公表される。

 自白付きと言う文言まで付いて…。


「失礼しました…。

 急なお誘いに緊張しておりまして」


 ひとまず、急場を凌ごうとそう返して、対面する令嬢の嘲笑う表情に凍り付く。


「あら?

 不思議なことを仰るのね?

 自分は学園に入ったばかりの初対面の少女を当日誘うのに、他の在席生徒から自分は誘われると言う可能性を考慮していなかったの?」

「……」

「それとも格下相手なら多少の無茶振りは許されると思ってらしたのかしら?」

「…まあ! そんなはしたないことはなさらないでしょ?」

「そうよね。

 口が過ぎたわ。謝罪します」


 令嬢達は言い過ぎたと謝罪する振りをして、ラッティ達を責め立てる。

 口に出すだけで下位の貴族に謝罪をしなければならないことを実行したのか?

 と言う問い掛けの振りをした糾弾。

 苛めにも似た場面だが、誰もラッティ達を庇うものはいない。

 同席しているハーミットクラブの者も大半は貴族家の出身だ。

 …あえて口を挟まない。


「ケニー様が謝罪されたのだし、この話題はここまでにしましょう?

 せっかくマウントホーク家で食べられていると言う珍しいお菓子を提供してもらったのにお茶が冷めてしまうわ」

「殿下の仰る通りですね。せっかくのお茶会を楽しみましょう」


 ミネットが助け船に似た追い打ちをかける。

 このような高級食材をたっぷり使って作られた菓子を日常的に食べられる名門出身だと下級貴族の面々を牽制するのだった。

 合いの手を入れた令嬢も『せっかく』と言う言葉を強調して、これが貴重な機会であることを暗に示す。


「それにしてもミーティアの行政府の対応は納得いかないわね。

 何故、マナちゃんを1組に編入させなかったのかしら?

 今朝抗議にも行ったのだけど、慣例の一点張りだったわ」

「所詮は小国でございますわ。

 我が国の次期国王陛下のお命をその程度と見繕った報いもそのうちに…」

「待たれよ。

 現時点で名誉男爵の令嬢であり、平民階級のマナ嬢に気を使われたのだ」


 暗に報復を匂わせる王女と令嬢に待ったをかける青年は、


「失礼。

 ハーミットクラブ4位、レギン・ラウンズと言う」

「ラウンズと言うとミーティアの行政府側の人間ね?」

「私自身はハーミットクラブの者として参加している。

 だが、ミーティアの出身者として、そのような言い掛かりを許すわけにはいかぬのだ」

「何を言ってるのかしら?」

「クチダーケ」

「…クラブを代表して謝罪する。

 レギン君。君は今日は帰りたまえ。

 処分は後日協議の上で追って通達しよう」

「クチダーケ、何を言っているのだ!

 ハーミットクラブはお前の物ではないぞ!」


 女性陣の非難に頷いて、レギンの退出を促すクチダーケにレギンは真っ赤な顔で抗議するが、


「ハーミットクラブが公正な魔術師集団だからだ。

 ここはクラブ内の会合ではないのだから、本来の身分に合せた言動を求められる。

 それが魔術師の品性と言うものだ。

 しかし、君はハーミットクラブの権威を利用しながら、ラウンズ家の者としての発言をしている」


 ここにユーリスがいれば、同じことをやったと指摘しただろうが、あいにくその指摘をする者もいない現状では、


「失礼する!」


 赤い顔で席を立つレギンを見送ることしか出来ない。


「王女殿はじめファーラシア貴族のお嬢様方にはハーミットクラブの一員として謝罪する」

「受けますわ」


 頭を下げるクチダーケに元々レギンなど眼中にないミネット王女はアッサリとそれを受け入れて、一瞬だけラッティ達へ視線を向ける。

 それの意味するところを悟った下級貴族の面々はただ早く終わるのを祈り続けるしか出来なかった。

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