第4話 燃えないけど火種


 お茶会の終盤に差し掛かった時にクチダーケが話題を振ってきた。曰く、


「マナさんはローブを纏っていませんが早めの購入をした方が良いですよ?

 よろしければ私が贔屓にしている店でも案内しましょうか?」


 と言って。


「そういえば皆、制服の上にローブを羽織っているなぁって思ったけど、あれって自分で用意するの?」

「そうですけど?」

「皆、同じのばかりだから学校から貰ったと思ってた」

「…まあ似たようなローブになるのはしょうがないわよ。

 既製品なんて同じようなものしかないし、後はそれぞれの家の財力に合わせたものになるから…」


 ミネット王女の歯切れの悪い説明に理解が及ばないマナが首を傾げる。


「例えば子爵家の者が次期当主に買える価格のローブは金貨5枚程度くらいでしょう。

 それならその限界となる金貨5枚前後のローブを買い与えたくなるのが親と言うものです。

 それらの影響もあって、家の家格や財力で似たようなローブになるんですよ」

「学園が用意してくれたら良いんじゃないの?

 制服はそうでしょ?」


 日本で小学生だった彼女は制服は学校から支給されると思っている。


「それで万が一大ケガを負うと学園の責任になるので、自分達で用意してほしいと言う対応になるんですよ」

「自己責任ってやつ?」

「そうですね」

「…私のローブのお下がりをあげましょうか?」


 恩を売ると言うよりは周囲への牽制を兼ねた提案をするミネット王女だが、


「大丈夫。

 ダンジョン探索用のローブを貰っているからそれを着ていく」

「…へぇ。

 そんなローブしか用意出来ないのか」


 そういうのはハーミットクラブに属する少年の1人。

 ファーラシア出身の貴族である少年は、王族からの下賜を何も考えずに断るマナへ嘲笑の言葉を投げ掛けたのだが、……誰も続かない。


「お嬢様。

 丁度こちらで保管されていましたので…」


 その状況に不信感を募らせている少年を放置して、春音がローブを持ってくる。

 緊急事態に対処しやすいように『フォックステイル』に保管されていたのだ。

 春音から受け取ったローブを羽織るマナ。

 その見た目に上級貴族の令嬢達がかわいいと連呼して、頭を撫でる。

 小さい子供のパジャマのようなモコモコローブを8歳児のマナが纏うと園児のような微笑ましさがあった。

 ハーミットクラブの青少年達も一部を除いてほっこりと眺めていたのだが、


「……」

「どうしたの?

 ミネットお姉ちゃん?」


 そんな微笑ましい空間で頭を抑えている王女が1人。


「…それはユーリス殿が?」

「うん。パパから」

「あの人は…」

「どうしたのだ? 王女よ?」

「……ここにいる人は他言無用を守れるかしら?」

「「私達は殿下に従いますが?」」


 王女の神妙な表情にすぐさま追従の意を示す側近令嬢達とそれに頷く令嬢達。


「我々もクラブの者として誓おう」


 クチダーケがハーミットクラブを代表する。


「それね?

 鑑定したら、火鼠のローブって出たのよ。

 伝説の魔術王ゼイムノアが纏っていたと言うアーティファクトと一緒の名前」

「「「……」」」


 …場を沈黙が支配する。

 魔術王ゼイムノアは東方の強国ラロル帝国の建国王だ。

 そのゼイムノアが纏っていたローブと同じである以上、厄介事の匂いしかしない。


「待ってください!

 私はラロル帝国で3年に1回公開される3至宝を見る機会がありましたが、火鼠のローブはこんなモコモコではありませんでしたよ?

 金の刺繍の入った紅いローブで…」


 ハーミットクラブの青年が反論するが、


「それは偽物ですな。

 ローブの元になる火鼠は主に活火山に住む精霊獣で、薄紅の毛皮をしており染色は出来ませんぞ」


 掘出し物屋の整理をしていた賢寿が解説を入れる。


「……ラロル帝国は前身のラウドル王国から移行する時期にゴタゴタで王城が焼け落ちたことがありましたよね」

「ああ、歴史書で見たことがある。

 その時に3至宝に選ばれたジェイキン王子が当時の王太子を押し退けて位を継いだはずだ」

「それが偽物で…」

「ここに本物がある…」

「今さら誰も何も言いませんよ。

 お嬢様のローブを奪おうとすれば帝国がずっと国民を騙してきたことを公言するようなモノです」


 暗い空気の中でゴンザレスが問題ないことを解説する。


「そうよね。

 ……私ったら帝国が滅亡する光景を想像してしまったわ」


 親バカユーリスのプレゼントを奪う帝国と報復でその帝国を焼き尽くすドラゴンの様子を幻視していたミネット王女。


「不吉なことは言わないでくれ。

 我が国は東の方で帝国と国境を接しているのだぞ?」

「それは謝罪するわ。

 それで? その杖もユーリスから?」

「…ヤバイ代物か?」

「霊獣の杖。

 こっちの方が問題かもしれないわね…」

「魔導師ギルドのギルドマスターが在任中に貸し与えられるヤツか…」


 こっちも十分問題になるヤツだった。

 しかも国のメンツとかが関係ない分だけより質が悪いと言えるが、


「そうね。

 隠しておいてほしいわ」

「それは大丈夫ですぞ?

 ほれ! こんなに」


 再び話に入ってきた賢寿が4本の霊獣の杖を出す。


「主様から売っとくように頼まれていますので」


 と笑いながら……。


「金貨6万枚?

 …王家に連絡するわ。

 確保しといてくれるか?」

「…私の方は法衣伯爵位で手を打ってちょうだい。

 レンターに言っておくから」


 侯爵家で所有して下手に王家の不信を買うより恩を売る方で考えるクチダーケに、法衣伯爵位を与えてでも絶対に手に入れるべきだと確保を依頼するミネット。

 本来金を出しても買えないはずのマジックアイテムが店頭に並ぶ異常な掘出し物屋はこうして華々しいデビューを飾り、世界大戦の火種となりそうな店がミーティアにオープンしたのだった。

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