第5話 実習

 ファーラシア上級貴族令嬢にハーミットクラブメンバー、多国籍下級貴族子弟達の三者が集まったお茶会は、賢寿の掘出し物のせいであやふやに終わり、それから3日後。

 初めての戦闘実習が行われることになった。

 ……のだが。


 この時点でマナは教師達から問題児として認識されていた。

 テーブルマナーを学べばカチャカチャと音をたて、社交ダンスの授業では、パートナーを無視した創作ダンスを披露した。

 かと思えば現代日本の歌で皆を驚かせる。

 そんなことの繰り返しで風紀を乱し、かと言え乗算を理解するなど学園修了クラスの理数系知識を持っている上に、上級貴族との関わりも深い。

 それでいて彼女の身分は平民なのだ。

 これで悪感情を抱くなと言う方が難しいだろう。

 特に学園で教師になれたと言うことは成績がそれなり以上だったと言うことであり、そういう者の多くは入学前から基礎的な学習を受けてきた者達。

 …つまりは貴族や豪商の子弟達なのだ。

 そんな上流階級の家に生まれながら学園教師に甘んじている自分達に対して、冒険者と言う下流階級の子供のくせに学園に通っていて、自分達よりも恵まれている彼女の存在は惨めさを煽るものだった。

 彼女を通して、ユーリスの成功を妬んでいるとも言えよう。

 そんな彼らはこの実習の機会を待ち望んでいた。

 マナに恥をかかせて溜飲を下げる。もとい、マナの実力を晒して上位貴族達の目を覚まさせると言う目的で…。

 その為、


「マナ・マウントホークの魔術を受ける的はレジストを掛けよう。

 …父親が優秀な冒険者だと言うし必要だろう」


 魔術担当の教師が提言し、


「編入生のことが知りたいと思っている生徒も多いので全校合同の実技実習を組みましょう?

 …上級生との実力差を知る機会だわ」


 事務方の職員が時間割りを変更する。


「各階生代表は魔術分野の最優秀生徒にすべきだな。

 時間も限られているので、お手本を見る機会にしたい」


 教頭職も建前を建てる。

 その結果、


 マナの初めての実習は『実践的な魔術の実技公開会』となった。

 ただし、その公開の順番が、『ミーティア行政府の魔術顧問』、『マナ』、『魔術担当教師』、『一階生』から順番に最高学年の『五階生』までと言う悪意に満ちたものであり、授業内容を発表された際に多くの貴族学生が眉を潜めたらしい。

 特にクチダーケ達ハーミットクラブは学生を代表して抗議に言ったりなどと学園の行動を批難したが…。

 教師達は強権的に押し通した。

 しかし、一番マナを擁護するだろうと思われたミネット王女が沈黙したまま、当日を迎えたことに内心不安を覚えながら…。


「大いなる炎の意思よ!

 我が元に集いて!

 炎球を成せ!

 その力を持って!

 我が敵を焼き尽くせ!

 …ファイヤーボール!」


 さて、実際に当日を迎え、一番手となる行政府の魔術顧問ガーター・ギムス子爵が完全詠唱にて、ファイヤーボールを放つ。

 炎と言うにはかなりショボい火の玉が10メートル程先に立てられた丸太に着弾し、中心を2割ほど抉って黒い焦げ目を作る。

 …それを見たマナは気合いを入れる。

 大人の魔術師が、ただの丸太を燃やせないはずないから、強力なレジストマジックがされているんだと。

 全力を出すことに決めた。

 …教師にとって不幸なことに。

 マナがそんな決意をしている最中に新しく運ばれてきた丸太と入れ替えられる。

 これも悪趣味な教師達の演出だ。

 ガーターが燃やしたただの丸太とマナの魔術を受けたレジスト加工済みの丸太を比べようと言う…。


「行くよ。フレイムスピア・フルスオーム」


 そんな周囲の思惑を少女は無自覚に叩き潰す。

 ファイヤーボールより上位のフレイムスピアを魔力量の許す限りで一斉射しに掛かったのだ!

 燃え盛る火炎の槍。その数は11を数え、レジストされた丸太を焼き付くし、その設置面の一部をガラス化する。


「…あれ?」


 あまりの惨状に周囲が沈黙するなかで、冷や汗を流す幼い少女の声が響く。

 これはゲーム脳な異世界人の少女と一点集中型魔術が交わったことで起こった、この世界史上初となる魔術による完全な破壊現象だった。

 可哀想なのはマナの前後で術を披露する大人達だろう。

 特にこれから登場する魔術担当の教師だ。

 魔術顧問ガーターはまだ何とか言い訳できるだろうが、…彼は厳しい。

 自分達よりも遥か高みにある少女の全力砲撃の後に桁外れに弱い自分の曲芸を披露する羽目になる。

 しかもそんな少女に授業を教えなくてはならないのだ。

 自業自得ながら同情してしまう境遇の中年教師。

 彼が報われる日は来るのだろうか?

 …誰にも分からない。

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