第9話 学園を去る者達

 ユーリスがラーセンエトル砦近郊に布陣するファーラシア王国軍本陣で暇をもて余している頃。

 学園都市は上から下まで大騒ぎであった。

 これまでの情報から現状でロランド王子派の巻き返しは難しいのが確実視されているので、ロランド派貴族と取引のある商家は縁切りを始めた。

 ミーティア貴族でロランド派貴族と縁故のある者は、嫁やその子供を実家に返す手筈を整え始める。

 また、その一団に紛れて学園を去る学園生もいるのだから、大騒ぎになるのは必然だった。


 彼らは1度ファーラシア王国に入るルネイからバーニッヒ経由でトランタウ教国へ入るルートを選択した。

 亡命先をトランタウ教国としたのは、他に安全な国が見当たらなかったから。

 他の選択肢となる国だがミーティア周辺は親レンター派のジンバットにファーラシアと緊張状態にあるアガーム王国。

 治安の悪いフォロンズ王国にあまり豊かではない小国群と言う状況。

 トランタウも彼らの仇敵マウントホーク子爵と仲が良いを通り越して信奉しそうな雰囲気だが、宗教国家で糾弾されにくい分安全と言う判断だ。

 さてそんな彼らの移動ルートだが女子供の多い彼らは冒険者の国であるフォロンズを避け、バーニッヒから西の街道を利用する方針を取った。

 残念なことだが、この集団の多くは世間を知らない子供なのだった。

 見知ったファーラシアと伝聞で聞くフォロンズのどちらを経由するかで訊けば、ファーラシアを優先するのはやむを得ない。


 そんな彼らだが、国境で入国を咎められることもなくルネイ、バーニッヒまでのルートを消化する。

 しかし、これまでの行程は決して順調ではなかった。

 それぞれの家の資産状況も手持ちの資金も違うので、不和が起こり別ルートに行く者や私財を売り払い市中に溶け込もうとする者などの離脱者が多く出て、バーニッヒを出立する頃には、20人程度の集団にまで減っていた。

 そんな集団を見下ろして舌舐りする男が1人。

 小柄な体格に不釣り合いな太い足。下卑た顔に兎の耳とさまざまな意味でアンバランスな男だ。


「頭! あれが?」


 そんな男に話し掛けてくる人族の男が1人。


「ああ、それなりの身なりの連中だが余裕でヤれそうだ」


 子分に頷く男の名ははグラッド。

 バーニッヒ一帯を縄張りにする山賊団『悪兎』の頭だった。


「やっとですかい。

 このところ、本当についてなかった」

「全くだ。

 この間は化物が山狩りに来て、湿原まで逃げ込む羽目になるし…」

「ほとぼりが冷めて戻ってくる頃には戦争が起きそうだってんで商人どもは護衛の質を上げてやがる」

「このままじゃ、飢える前に山賊団解散かとも思ったがな」

「本当に危なかったですぜ。

 俺は今さら平民で食っていく気はねえですし、冒険者になれるほど強くもないんで」

「俺らに出来るのはこういう仕事だけってこった」


 ハハハと笑い合う連中こそ、ユーリスが勇者のお勉強に利用しようとした山賊達だった。


「頭は『危機感知』って便利なスキルがあるじゃねえですか?

 冒険者でも活躍出来るでしょ?」

「ふん。

 魔物から逃げやすいだけのスキルで何が出来る?

 実際俺は冒険者脱落組だ」

「頭もですか?」

「もしかして…」

「ウッス。仲間がワイルドベアに襲われてる時に逃げ出したんすけど、連中運良く生き残って来やがったんすよ!

 いい迷惑でしょ!

 お陰でソロになったんですがね…」


 いい迷惑なのはこの男の方であり、自業自得に過ぎないがこの手の人間が自分の非を認めることは稀である。


「へん。

 そんな所まで似てやがるな。

 俺は安全を見越して早めに切り上げようとしているのに、臆病者だの、寄生虫だのと!」

「冒険者やってるような底辺は本当にバカばかりですぜ!

 どれだけ儲けても死ねば意味がないってのに!」


 己の弱さを認められるほどの賢さも持ち合わせない卑怯な臆病者達はそうやって互いの傷を舐め合って生きていく。

 …ただ世間に迷惑を掛けながら。

 これも選択と責任の結果であり、それは彼らの先を行く獲物となった元学園都市の住人にも当てはまることだった。

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