第22話 ミリダイヤ・ガノッサ
霊狐の森長トヨヒメの嫡子であるマサキが着席されたので、お茶とお菓子を用意する。
今日は奥方様のもたらされたレシピを元に作られたパイがお茶請けとなる。
初見のお菓子は食べやすさや味を確認する為に最初に味見をするのも業務の内だが、実家にいた頃よりも充実していると思うミリダイヤ。
この立場を失わないためにも、嫡女マナへは厳しくマナーを仕込むぞと気合いをいれるのだった。
「さて、お嬢様方は南方流のマナー、マサキ殿は東方流のマナーで、今日はご飲食ください」
「ええー!!」
ミリダイヤの指示に早速不満をのべるマサキに対して、マナー教育を担う彼女の視線は冷たい。
「先日より幾度も進言していますが、お嬢様方とマサキ殿では立場が違います」
「それはそうかもしれないけど……」
きっぱりとにべもなく言い切るミリダイヤに、更に不満そうなマサキ。
改めて、説明した方が良いと判断したミリダイヤ。
「マナお嬢様やレナお嬢様は次期辺境伯であり太守である方々です。
お二方が他国に招かれて食事をする機会はありません。
対して、マサキ殿は森長の嫡子ではありますが、他国へ使者として出向く機会もありましょう。
その場合にもっとも多いのが、アガーム王国となるのは自明です」
「……だよね。
何で隣の国なのにマナーが違うんだよ……」
ミリダイヤの説明にトホホと言う顔で、両腕の肘をテーブルに付けるマサキ。
東方流のマナーでは肘を机の下に隠すのは、悪意有りとみなされることを覚えている証拠だ。
「ファーラシア王国は今は亡きサザーラント帝国の流れを組む王国ですが、アガーム王国はラロル帝国の流れを組んだ王国ですのでしょうがありませんよ」
「ああ。
この大陸に入植した勢力が違うのか……」
「大陸史の授業で習うはずでしょうに……」
それを聞いて納得するマサキに対して、困惑するミリダイヤ。
仮にも大陸中から貴族子弟の集まる学園なのだから、その程度の知識は必須だろうといぶかしんだ。
しかし、
「私も習っていないよ?」
「そ~ね~。
中央魔大陸へは~、ラロル帝国が入植をしたとしか習いませんでした~」
「…………」
マナーの勉強から大問題が発覚した。
現在では、サザーラント帝国が内乱状態で事実上崩壊しているので、抗議される可能性も低いだろうが、マナ達が習った時期にも同様の教育要項であったなら、長年偏向教育がなされていた可能性がある。
「ミリダイヤの時は?」
「私は家庭教師から習いました」
「そうなの?」
「今は断絶しましたが、これでもサザーラント公爵家の令嬢でしたので……」
「そう……」
気まずい顔のマナにミリダイヤ自身は、薄く微笑む。
「マナお嬢様。
そのような表情をしてはいけません。
プライドの高い貴族なら侮辱と受け取り、性根の悪い者はタカれそうだと、心の裏で算段を付けます」
「ええー?」
同情した相手からのまさかのダメ出しに困惑するマナ。
この辺りは日本人故の短所だろう。
「こういう時は澄ました顔で、『そう、大変ね』と応えるに留めてください。
くれぐれも謝罪や自分が悪かった等と言われませんように」
「けど、その人の心の傷に触ったわけだし……」
言い募るマナの様子に前の教育係は何をしていたと内心で悪態を付くミリダイヤ。
だが、これはしょうがない部分が大きい。
令嬢の教育係になるような女性の大半は、財政に余裕のない下級貴族の娘である。
ましてやマウントホークはユーリス・マウントホークが興した新興貴族。
元平民に仕えることにも抵抗の少ない自己主張の弱い女性がやって来る。
「初対面で相手の心に何があるかなど誰にも分かりません。
知らなかったことはしょうがないのです。
それを騒ぐような狭量な者は誰も相手にしないでしょう。
逆に深く付き合えば、相手の抱える触れてほしくない傷も分かりますので、それに触れた時は"正しく"謝罪してください」
「正しく~?」
ミリダイヤの注意にレナが疑問を呈する。
この妹様が気付かないはずもないので、姉の為に泥を被りに来たのだろうと判断したミリダイヤは、
「今回でしたら、『私の過去を知らなかった』ことのみ謝罪してください。
間違っても『心の傷に触れた』ことは謝罪してはいけません。
性根の悪い者ならば、古傷を抉られたと騒ぎ賠償騒動になりますし、そういう輩は群れますので後々まで面倒になることでしょう」
「……難しい」
「相手に気を遣いすぎるからですよ~。
私に~、興味を抱かせなかった~、お前が悪い~。
くらいの対応~で問題ないんですよ~?」
頭を抱えるマナに、暴論で問題ないと言ってしまうレナ。
日本人の感性を持つマサキも眉を潜めるのだが、
「はい。レナお嬢様の対応で十分です。
お嬢様方のような高位貴族に気に掛けてもらえなかったその者達の落ち度に過ぎません。
本来、初見なら謝る必要もないのです」
最上位の貴族令嬢なら正しいのだと太鼓判を押すミリダイヤ。
高慢と影で言われようと負け犬の遠吠えにすぎない。
むしろ、与し易いと下級貴族に群がられる方が、評判を落とすのだ。
貴族社会では、互いに利益を与え合う関係を築けないならば、付き合うべきでないのが当然で、それを理解出来ない者は平時でも排除されるのが道理。
気に掛けられなかったことを恥じるのが、躾の行き届いた令嬢であり、そのために美容や教養を磨き、自身の家が持つ職権や領の特産は、
上位の相手に話し掛けるのは無礼なのだから、目立つ看板を背負って気を引けと言うことだ。
同時に上位の貴族は看板に偽りないことを探り、騙されないように多くの事柄を学ぶことが求められる。
なお、ユーリスに至っては他国の王ですら気を遣う領域にいるので、彼の目が光っている内は、マナへのちょっかいは改易まっしぐらの愚行だったりする。
そういう意味ではミリダイヤでさえもマウントホーク家を過小評価しているのであった。
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