第23話 人類史上最悪の発明を利用する

「何これ……」


 辺境伯家令嬢となって数年。

 近年は淑女然とした態度を崩さないような、マナが久し振りに呆然とした顔で、今日届いたばかりの手紙を見る。

 それは、定期的に送られてくるレンターからの手紙なのだが、今回の内容は普段の甘い口説き文句ではなく、


「今後、ファーラシア王国では~。

 貨幣に単位を付けることとなった~ですか?

 言われてみれば~、円とかドルとかの単位はなかったですね~。

 けど~、これは……」

「……貨幣単位"エーン"だものね。

 お母様が絡んでいるのでしょうけど……」


 まさかの貨幣単位が日本的な単位であると苦笑するマナであるが、


「いえ、問題は貨幣に単位が付くと言う点です。

 これにより、お金は"交換に便利な道具"から、"単独で価値のある資産"へと変貌します。

 貨幣経済の高度化へ向けた第一歩ですね」

「どういうこと?」


 普段と異なる口調で、嗜める妹に疑問を持つことになる。


「今までのお金に対する一般的な認識は、腐らず嵩張らず、色々な物と交換出来る便利な物々交換用アイテムでした。

 もちろん、王侯貴族の多くは貨幣単独の価値についても、少なからず理解はしていたでしょうけど、意識的だったかは分からない状況ですけど……」


 やや言葉を濁すレナ。

 もしもの時に貯めておくべき便利アイテムとしか見ていない人間も多いのではないかと危ぶんだのだ。


「そんなに変わるものなの?」

「急激には変わりませんよ。

 けれど、徐々に価値観はシフトしていくと思います。

 日本で例えると、戦国時代から江戸時代くらいまで変化します」

「?」


 急に故郷の歴史が出てきて首をかしげるマナ。


「戦国時代は土地の方が価値が圧倒的に上で、お金と言うのは物々交換アイテムでした。

 しかし、江戸時代くらいになると、旗本とかのお金で雇われる武士が当然のように現れるんです」

「今でもこの世界にはお金で雇われている貴族がいるじゃない?」


 法衣貴族と呼ばれる貴族達を引き合いに出すマナ。

 しかし、


「彼らは王国の仕事をして、給料としてお金を受け取っているんですよ?

 その仕事に必要な肩書きとして爵位があるんです。

 けど、江戸時代の旗本とかは、お城で仕事をしているわけでもなく、自身や先祖の功績を元に支給される年金で生計を立てていたんです。

 功績に見合う土地と等価値のお金を貰っていたと言えば分かります?」


 と、双方の違いを説明する。

 レナの危惧は、ユーリスから受け継いだ知識が元になっているので、その説明もやや歯抜け気味である。


「つまり、お金の価値が土地と同じくらいになったってこと?

 けど、それが何をもたらすって言うのよ?」

「その域に到達したお金は、更に価値が上がっていきます。

 不安定な収入の土地よりも、安定した財であるお金の方が価値が高くなるんです。

 そうなれば、土地に固執する王侯貴族は徐々に力を削がれ、商人のような直接お金を稼ぐ職種が力を付ける。

 その動きが加速する原因になるかもしれません」

「?」


 レナの説明にたかが、銅貨1枚を1エーンと表現するだけの話に大袈裟だと考えるマナである。

 しかし、これは多くの歴史が証明していることでもあり、その行き着く先は……。


「資本主義への第一歩となる発明と言えると思いますよ?

 ここに、紙幣の発達のような現象が加われば、後は時間の問題。

 ……いえ、お父様の影響で既に資本主義経済へのシフトは始まっているかも?」


 本来であれば、製造に時間が掛かり、貴金属その物である硬貨と、集団に置ける共通認識として機能する紙幣が等価値として機能するには、経済の成長が望まれるが、硬貨段階の世界で通貨危機を巻き起こした何処かのアホ竜がいる。

 その行動を知っているファーラシア上層部が、危機感を持っていれば良いのだが?


「本当に正気でしょうか?

 何故、自分達の立場を悪化させたのでしょう?」

「?」

「ファーラシア王国はお父様に対して、莫大な借金があります。

 これまでその借金を踏み倒せなかったのは、お父様側の武力が、王国側の武力より上だったからです。

 けれど、この通貨単位の利用がもたらす影響は、仮に力関係が逆転しても、武力による開き直りが出来なくなると言う結果を産むと思います」


 呆れたように肩を竦めるレナ。

 ……実際に呆れているのだろう。

 資本主義化が進めば、お金の信用性の価値が上がり、横紙破りが出来なくなる。

 お金の信用性は大元の信用性に直結するから。


「……まさかと思いますけど、お父様の身に何かあったのでしょうか?

 それを暗に伝えようとしている?」

「え?!」

「お父様の武力が近い将来的に落ち込むことになる。

 その前にお姉様の立場をより強固にするために動いているのかもしれません」


 と、とんでもない方向に思考をシフトさせるレナだが、その考えは口に出すと正しいような気がしてきて……。


「行こう!

 パパに会いに!」

「休学の申請を出すように命じます。

 明後日まで旅支度を」


 言い知れない恐怖に、ユーリスをパパ呼びに戻すマナ。

 レナもまた慌てて準備を整えようと動き出す辺り、不安を隠しきれていない。

 レナ自身が、真竜と言う他者から視れば、強大すぎる武力の後ろ楯になる存在だと言う視点が抜け落ちた状況に思い至らないほど……。

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