第10話 とある少年の野望

 マナ・マウントホークが通うことになった第一学園1回生の1組にアーア・ランチェットと言う少年がいた。

 彼は帝国領で港町ランチェットを治めるランチェット侯爵家の三男として生まれながら平民として死ぬ運命にある少年であった。

 そんな彼が学園に入学したのは、兄弟の中でも比較的優れた魔術の才覚があったからだ。

 父であるランチェット侯爵からは学園を出るまでの生活は保証してやる、それ以降は自分の力で生きていけと言われている。

 そんな彼は多くの学園生と同様に自らの能力が平凡の域を出てないことを知る。

 同じ1回生で無詠唱の技術を既に使いこなす生徒も数人。

 威力も下から数えた方が早かった。

 そんな状況の彼はこれからの長い学園生活に絶望しながら、惰性で流されていくままだった。

 そんな彼が見たのは、踊り狂う炎の群れが的を焼き尽くす情景だった。

 それを巻き起こしたのは同い年の少女で、彼女はダンジョン攻略者の噂を持つユーリス・マウントホークの娘で、……父の功績を受け継ぐ者。

 大人達が束になっても勝てないほどの業火を操る少女に抱いたのは、恵まれた彼女への嫉妬。

 その感情は、彼女が1組へ編入となると聞いて爆発する。…奪ってやると。


「まず、彼女と仲良くなるんだ。

 そうだ!

 それで結婚して、地位を継いで、彼女を殺してしまえばいい!」


 ハハハっと狂ったように笑いながら、そう結論付ける。


1日目 午前


「まず、マナと話をする関係になる。

 教室で話し掛ければ…」


 まず当たり前の手法で行動を開始する。


「お嬢様に何か?」

「いや、その…」


 意気込んで話し掛けに行ったアーアではあるが、色々な人間からの売り込みに疲れて、目付きが悪い春音を前にすごすごと退散した。


1日目 午後


「食事の時に相席に…」

「…何かご用かしら?」

「いえ、ご食事中に失礼しました!」


 彼女を囲む上位貴族の令嬢達の視線で意気込みを削られた挙げ句が、ファーラシア王女自らの下問では、帝国侯爵家の三男では相手にもならない。

 帝政国家であるラロルでは上級貴族の肩書きとて、帝室の不評を買えばすぐに剥奪されるような薄っぺらい物だ。

 ファーラシア王女の抗議はそれに十分な力がある。



2日目


「登下校の最中に出会いを…」


 ガラガラと音を立てて通り過ぎる、鷹の紋章の馬車。


「……」



3日目


「玄関で……」


 ギロリと一斉に睨まれたアーアは速やかに売り込み現場を去る。

 そこに集まる人間は、崖っぷちに追い詰められた者達だ。

 根本的な気迫が違う。

 ……5年もすれば彼もあちら側の住人だろうが。



4日目


「ダンジョンで襲われている所を助けに…」


 冒険者ギルドに依頼に行けば、ギルド長が自ら相手をしてくれるが、


「マウントホークの娘を襲え?

 寝言は寝て言え!」

「実際に怪我させるわけじゃ……」

「向こうにそんな事情が通じるか!

 いいか? マウントホークに手を出すなら冒険者ギルドが敵に回るからな?」


 警告と共に追い出される。

 『フォックステイル』との兼ね合いで良い感情もないが、それでも納品先で冒険者ギルドだけが省かれる事態は避けたいのだ。



 5日目


「ならず者を雇って……」

「……金貨300枚からだな」


 裏道にある酒場で依頼を出そうとすれば、法外な費用を要求される。


「高過ぎる!」

「マウントホークには強力な手勢がひしめいてる。

 マナ・マウントホーク嬢に手を出すなら最低でも一流処が5人は欲しい。

 これでも成功率は3割程度だ。

 確約がほしければ1000枚超えだな」

「チッ!」


 そもそも、ミーティアでもっとも深い階層を探索する冒険者が手駒にあるマウントホークに手を出したい奴はいない。

 それが分かっていなかった。




 上手く行かない状況が続くアーアに寮監から手紙が届く。

 皇帝名義の帰国指示が!

 あからさまに動く彼を危険視した誰かが本国に通報したらしいと思われる。

 ……結局、彼はランチェット侯爵家の分家筋に養子として出される。

 幸運にも将来の衣食住が保証されたのだ。

 ……飼い殺しではあるが。

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