第9話
八月九日
その後も俺は眠ることができず、時計は十二時を回ってしまった。
少し体が痛くなってきたので、体勢を変えようと体を動かした時、俺の目に、盗聴器のイヤホンが目に入った。俺は無意識のうちにイヤホンに手を伸ばしていた。
さっきは何も聞こえなかったのに、何をしているんだ俺は…。そう心の中で思った時には、俺はもうイヤホンを耳につけていた。
シーン…。相変わらず何も聞こえない。それでも俺は、何かにすがるような思いで、耳をすませ続けた。
そして、さらに一時間ほどが経った時、ついに盗聴器が、音を拾った。
ザッ…ザザっ…
「んっ?」
それはとても小さな音だったが、俺はそれを聞き逃さなかった。俺はそのイヤホンを耳に押し付けながら、音量をマックスにした。
すると、何人かの男の声が聞こえた。
「また気絶してんじゃねえかよ!しっかりしろよ朱音ちゃんよー!」
「そうだぞ!今日はまだ始まったばかりじゃねえか、なぁ?」
「はっはっはっは!」
朱音…気絶…今日…始まり…
俺は全てを理解した。昼に人の気配がしなかったことも、夕方や、夜に音がしなかったことも、そして、彼女が今、どんな状況に晒されているのかも…
「このままじゃまずい!」
俺は部屋を飛び出そうとしたが、扉の前で足が止まった。
今は夜中なのだ。高校生が飛び出して行ったら、間違いなく職員の人に止められる。しかも、こんな状況を説明している場合じゃない。さっきの音声には、彼女の声は一切入っていなかった。彼女には時間がない。俺は部屋を見渡した。そして窓に目をつけた。幸いここは一階だ。ここからなら、誰にも気づかれずに出られるかもしれない。迷っている時間はなかった。俺は部屋の中で武器になりそうなものを探した。さすがは警察と言うべきなのか、催涙ガスや、謎の液体などがあった。この部屋においてあるようなものなので、最新の武器とはいえないが、ないよりはずっとマシだ。
その中でも、使えそうなものを見つけ、そのいくつかをカバンに詰めた。他にも、カメラやトランシーバーなども持ち、そして、部屋に「あるもの」を置いて窓から飛び出した。当然、外の防犯カメラには写っていると思うので、後で怒られるのは覚悟した方が良さそうだ。
だが、この時俺には、昼間の親父や植田さんの、俺を心配してくれていることは、すっかり頭から消え去っていた…
「はぁっ、はぁっ…、着いたぞ」
俺は人生で一番だと確信できるほどの全力疾走で、昼間の倉庫にやってきた。
自体は一刻を争うが、相手に気づかれてしまっては、元も子もない。俺は気配を殺して、倉庫の中へと入っていった。
入り口にはフェンスなどがあったが、あまり大柄ではない俺にとってはそこまで音を立てないで入ることに、苦労はしなかった。
中に入ってみると、倉庫は何階かに分かれていた。元がビルなので当然といえば当然なのだが、ドラマなどで見る廃墟なんかと比べると、元の構造がしっかり残っているように感じた。
俺はあたりを見渡した。だが、人の気配はなかった。今は夜中だ。人がいるなら、それなりに明かりがあるはずだ。
「上か?」
俺は倉庫内の階段を探すことにした。周りの光があるとはいえ、倉庫の中はかなり暗い。ここでライトなどを点けてしまえば、犯人グループにバレてしまう可能性もある。俺は窓から差し込むわずかな光を頼りに、倉庫の奥の方へと進んでいった。
「あった!ここだ!」
数分後、俺は階段らしきものを見つけた。そして覚悟を決め、音を立てないように、だけれど、急いで、俺は階段を上がっていった。
階段を登っていくと、誰かの声が聞こえた気がした。俺は体勢を低くして、声が聞こえるところを見た。
そこには、左腕を柱に繋がれた一人の女子高生と、その周りで、馬鹿笑いをしている、三人組の男達がいた。
「あいつら…、今に見てやがれ…」
俺は飛び出しそうな思いをぐっと堪えた。今飛び出して捕まってしまっては彼女を助けられないし、さらに彼女が危険にさらされる可能性もある。こう言う時こそ、冷静でないといけないのだと、自分に言い聞かせた。
「今はとにかく、状況を確認して整理することからだな…」
見たところ、彼女はまだ生きているようだった。小さくだが、声も聞こえるし、動いてもいる。俺ほっと胸を撫で下ろした。
そして犯人グループだが、これは親父の資料にも書いてあった通り、三人の男だった。そして、はそのグループの二人の顔を見た時、俺は衝撃を隠すことができなかった。
犯人グループの一人に、あの、松葉高校の警備員と、彼女の担任の細野がいたのだ。
「あいつら、高校の警備員と担任じゃねえかよ…」
やはりあいつらは事件に関係していた。だが、彼らが本当に犯人だったことによって、あの時、なぜ警備員は俺に嘘をついたのかが、本当にわからなくなってしまった。
「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといてやるか!なぁ藤原!」
教師の細野があの警備員に声をかけた。
藤原?あの警備員、名前は藤原っていうのか、それにしても、もう一人の男は誰だろうか?他の二人に比べると、随分と若くみえる。二十代、いやもしかしたら、俺と同じ、高校生ぐらいかもしれない。
そいつは、あの時、少なくとも学校にはいなかった。犯人グループのうち、その男だけは、今まで見たことのないやつだった。
「んじゃ、帰るとするかね。朱音ちゃん、これ、今日のご飯だから、大切にたべなよー」
ガサッと男が袋を投げた。おそらくコンビニの袋だろう、ずっとこんな食事を与えられているのだとしたら、そろそろ命が危ない、急いで助けなければならない、俺は気持ちが昂った。
「あいつら、まとめて牢屋に送ってやらねぇとだな」
俺はポケットからカメラを取り出し、シャッター音を消して、彼らの写真をとった。暗くてわかりずらかったが、彼らがライトをつけてくれていたおかげで、かなりはっきりと顔を撮ることができた。彼らの自業自得だ。後で思い知らせてやる。
「じゃ、行くか、調べなきゃならないこともあるしな」
調べなきゃならないこと?一体何のことだ?この時間から何をするって言うんだ?時間はすでに深夜二時を回っている、今から何かをすることには適さない時間だ。とは言っても犯罪者のやることなんて大半が理解できないことだと言うことも事実だが…
そう思っているうちに、奴らがこっちに歩いてきた。
「やべっ」
どうやら階段はこの位置にしかないらしい。俺は急いで階段を降りると、階段の下の陰に身を隠した。
ザッ、ザッと音をたてながら、彼らが階段を降りてきた。俺は息を殺しながら、彼らが階段を降りてくるのを待った。彼らの手には懐中電灯がある。もし光に当たってしまったら、間違いなくバレてしまう。彼らの進行方向と反対の位置へ動きながら、彼らが倉庫から出るのを待った。
数分後、彼らが完全に倉庫を出たことを確認すると、俺は静かに階段を上り、彼女のもとに向かった。
俺が上にあがると、彼女はこっちを見て、怯えたような表情をした。無理もない、今まで散々な目にあっていたのだ。また新しいやつがきたら、さらに何かをされると思ったのだろう。
「安心してください、姫川朱音さん、僕は佐倉海斗、警察官志望の高校二年生です」
「こう、こう…せい?」
彼女は怯えながらも、声を出した。
「はい、あなたを助けにきました。僕を信じてください。もう大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか…?よかった…」
彼女は泣いていた。きっと、ずっと怖かったのだろう。誰も助けにこない、もしかしたらずっとこのままなんじゃないかという恐怖に、彼女はずっと襲われていたのだ…
だから、たとえ助けに来たのが、こんな頼りない高校生でも、彼女は涙を流したのだ。
「今外しますからね、ちょっと待っててください」
「は、はい」
今の彼女は写真に写っていた彼女とはかなり違って見えた。たった一週間ちょっとでも、人はこんなに変わってしまうものなのかと思うぐらい…
それでもここにいるのは、俺が助けたいと思った、俺が一目惚れした、姫川朱音本人だった。
「あ、あの、どうしてここがわかったんですか?」
「ああ、えっと、話すと長くなるんで、後でゆっくり話しましょう、きっと今だと、話の整理も難しいでしょうし」
「は、はい、わかりました」
未来から来たなんて、言えるわけがない。でも。この人にだけは、それを理解してもらわなければならない。この人と一緒でなければ、俺は未来に帰ることが出来ないのだから。
そう考えているうちに、彼女の手のロープが解けた。
「よし、とけた!一緒に逃げましょう」
「はい」
その時、彼女は俺に初めて笑顔を見せた。心から安心したような、とても綺麗な笑顔だった。
「あの、あなたについてもう少し聞かせてください」
彼女はまだ少し、俺を信じきれていないようだった。それもそのはずだ。彼女が受けてきたことを考えれば、人間不信になってしまったっておかしくないのだ。
「わかった、俺は佐倉海斗。あることがきっかけで君が行方不明になったって聞いて、知り合いの警察官の人と一緒に捜査してたんだ。それで、昨日の昼間にここが怪しいなって思って、盗聴器をつけといたんだ。夕方とかは何にも聞こえなかったんだけど、夜中にたまたま音を聞いたら、男の声がしたから、もしかしたらって思って、飛んできたんだよ」
「そうだったんですか…、じゃあ、他に警察官の方とかは?」
「盗聴器は俺が勝手に仕掛けたものだから、警官たちは知らないんです、でも明日には俺から連絡して、まとめて捕まえてもらいますよ」
「そうですか、よかった…」
「じゃあ、君のことも教えてください、色々君の事は調べたんですが、こうして話すのは初めてなので」
「はい、私は、姫川朱音と言います。松葉高校に通っている、あなたと同じ、高校…二年生です…」
彼女は、まだ少しぎこちない喋り方だった。
「どうして、こんなことになったか、何があったか、思い出せますか?無理はしなくていいです、話せたらで良いですから」
「は、はい、実は…」
「そいつをいう必要はないよ、朱音ちゃん」
ジャリッ!
彼女がそれを言い始めようとした瞬間、俺たちの背後で音とともに声がした。慌てて振り向くと、そこにはさっき倉庫を出ていったはずの三人の男たちが立っていた。
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