第8話

八月八日

あの雨の夜から丸一日経っても、俺にはどうすれば良いのかうまくまとめることができなかった。

佐倉刑事も俺のことはあてにしなくなったのか、あれから様子を見に来ることなどはなかった。

だが、いつまでも悩んでいるわけにもいかない。時間は限られているのだ。

そこで俺は思い切って、植田さんに提案をすることにした。

「なんだい?海斗君?」

「植田さん、少し危険なお願いがあります。一緒にある場所に行きたいんですけど、良いですか?」

「え?危険?まぁ、いいけど…、どこへ行くんだい?」

俺が行こうとしているのは、姫川朱音が発見された場所だった。今のままでは親父を説得するのは無理だが、そこに行き、何か出掛りを見つければ、親父を納得させることができるかもしれない。俺はその可能性に賭けることにした。

「実は、学校を訪れたあの時、源さんにこんな質問をしてみたんです。彼女が好きな場所はどこかって」

「なるほど、それで?」

「一般的には映画館とか、カラオケとか答えますよね。もちろんそういうのも好きだって言ってたんですけど、ひとつだけ、気になる場所があったんです」

「それはどこ?」

「河原です」

「河原?」

もちろん嘘だ。彼女が発見されたのは親父の資料が正しければある倉庫だった。

そして、その倉庫の近くには大きな川が流れていたのだ。俺は、一人で倉庫に行くことも考えたが、それはあまりにも無謀すぎる。親父に信じてもらうためには、今の佐倉刑事が知らなくて、なおかつ、未来のこと以外の手がかりが必要なのだ。そこで思いついたのが、姫川朱音の現状を伝えることだ。その情報なら、最も今必要であり、絶対に信じてもらえるはずだ。その証拠をとるために、俺は倉庫に行くことを決めたのだ。

だが、俺だけだと失敗する可能性もある。念には念を入れるつもりで、俺は植田さんに協力を頼んだのだ。警察官の植田さんなら、緊急時には本部に連絡してもらえるし、二人いれば、証拠を掴める可能性だって上がるはずだ。

「変だと思いませんか?今時の女子高生が河原が好きなんて」

「でも、別にあり得なくはないんじゃないかな?好みなんて人それぞれだろうし」

「でも、この場所だけは他の子と一緒に行ったことがない場所らしいんです。しかもここは、彼女の通学路でもあります。犯人グループが彼女のことを調べていや場合、ここで連れ去られた可能性もあります。行ってみる価値は十分にあると思いますよ」

植田さんも俺に圧されて納得したのか、

「そうだね、確かに今のままだと彼女を救えない。よし、行ってみようか」

「はい、ありがとうございます!」

そして俺たちは、河原という名目で、彼女の発見現場である、倉庫に向かって出発した。


「ここら辺でいいのかい?」

しばらくして、俺と植田さんは現場に到着した。

「はい、ここです」

俺はあたりを見渡した。すると、近くに大きな倉庫があった。

「あれか…思ったよりもデカイな」

その倉庫は、倉庫と言うよりも廃ビルのような感じだった。

「佐倉君、あの倉庫がどうかしたのかい?」

「あ、いや、こんな場所にずいぶん立派なものが建っていたんだなって思いまして」

「確かにそうだね、確か元々、何かの会社のビルだったんだけど、それが倒産して今のようになったんじゃなかったっけな」

「じゃあ、今は使われてないってことですか?」

「うん、今は立ち入りも禁止されているよ、ほら、入り口の部分にフェンスとテープがしてあるでしょ?」

どうやら、あの廃ビルに手がかりが隠されているのは間違いなさそうだ。

そう思うと、俺はいてもたってもいられなくなった。

何か手がかりが見つかるかもしれない

証拠が見つかるかもしれない

そして、彼女が救えるかもしれない

「植田さん、ちょっと入ってみませんか?」

「えっ?あれに?」

「はい、もしかしたら、あそこに手がかりがあるかもしれませんし」

「いや、駄目だよ」

植田さんは珍しく、俺の意見を否定した。

それも、はっきりと

「どうしてです?」

「普通に駄目なんだよ。いくら廃ビルとはいえ、調べてもいない建物に入るのはまずい。もし誰かが管理していたら、住居侵入罪にもなりかねないんだ」

流石の説得力だった、この人も警察官なのだ。警察官が犯罪署になるわけにはいかない…当然のことだ。

「じゃあ、せめて俺だけでも…」

「駄目だ、海斗君。君だけに危険な事はさせられない。これは僕の意思でもあるし、佐倉刑事にだって頼まれているんだから」

「えっ?」

今、この人はなんて言った?

佐倉刑事に頼まれた?親父に?

この世界では他人でしかない俺に一体なんで?

「今、佐倉刑事って言いました?」

「ああ、言ったよ?」

「なんで、佐倉刑事が?」

「君が情報提供者である前に、一人の市民だからだよ。市民の安全を守るのは警察官として基本のきだからね。それに君が犯人の情報を持っていることを犯人グループに知られちゃもっと危険な目に遭う可能性もあるしね。それもあって、昨日、佐倉刑事に頼まれたのさ。あの少年を頼むってね」

「そう、だったんですか…」

「だから、今はそれ以外の手がかりを探そうよ」

「はい…」

それしか言葉が出なかった。この世界では赤の他人であるはずなのに、親父は俺を心配してくれていた。そのことが、強く、心にのこった…


結果として、俺は現場を見る事はできなくなってしまった。だが、こんな時のために、俺はBプランを用意していた。

それは、盗聴器だ。刑事さんが捜査で使うと言ったら、本部の人が渡してくれたのだ。まぁ、その時に植田さんの名前を出したので、あとで怒られるかもしれないが…

俺は植田さんにバレないように、廃ビルのいろんな場所に盗聴器を仕掛けた。

「海斗君、手がかりになりそうなものはあったかい?」

「いや、なさそうですね…」

その後も、二手に分かれ、全力で探してはいたが、これといったものは見つからなかった…

「今日のところはここまでかな」

「そうですね…、すいません。付き合わせたくせに何も見つけられなくて…」

「仕方ないよ、二人だけでやっているんだし。そうだ、今日佐倉刑事に確認しておくよ、今までに捜査した場所。そうすれば、今より二倍早く、操作できるんじゃないかな」

それはとても魅力的な提案だった。だが、そこまでこの人を付き合わせてもいいのだろうか?

「そうかもしれないですけど、植田さんは大丈夫なんですか?交番のほうだってあるじゃないですか」

すると、植田さんは、少し嬉しそうに微笑みながら、

「実はね、しばらくの間、交番勤務はなくなったんだよ」

「え、ど、どうしてですか?」

「ごめんね、実はこの前の佐倉刑事と君の会話、ちょっとだけ聞こえちゃったんだ」

「ああ、あの会話を…」

「それで、あの後、佐倉刑事に言ったんだよ。あの少年を信じてください、あの子は嘘をついてはいませんってさ」

「植田さん…」

この人はそんなことまでしてくれていたのか…、お互いのこともあまり知らない、こんな俺のために…

「そしたら、しばらく交番の方はいいから君を見てくれってことになったんだ。だから、しばらくは付き合えるから大丈夫だよ。なんでも言ってね!」

「はい、本当にありがとうございます!佐倉刑事にも伝えておいてください」

「わかったよ、それじゃあ、今日はとりあえず戻ろうか」

「そうですね」


その夜、俺は植田さんや親父の言葉に嬉しさを考えていたが、姫川朱音のことが心配なので、昼にこっそり仕掛けた盗聴器の音声を一つずつ聞いていくことにした。

俺は盗聴器のイヤホンを耳につけると、少しずつ音量を上げていった。

「まずは、入口につけたやつだな…」

シーン……

俺は耳をすませたが、何も聞こえなかった。

「駄目か…、次だな」

俺は別の盗聴器の音を聞いた。だが、また何も聞こえない…。俺はその後も全ての盗聴器の音を聞いたり、聞く時間を長くしたりしたが結局、何も聞こえなかった。

「違うのか…」

俺は耳からイヤホンを外し、机の上に置いた。

「もう寝るか…」

まだ寝るには早い時間だったが、今は何もやる気が出なかった。電気を消し、横になってみたのものの、ちっとも眠れそうにはなかった。

正直、ここで何も手がかりが得られなかったのはかなり痛かったのだ。もうこの世界に来てから一週間以上が経ってしまっているのだ。このまま彼女を救えなかったら、俺は二度と元の世界には戻れなくなってしまう…

そんなことが頭の中をよぎり続け、俺は不安に押しつぶされそうになっていた。何よりも辛いのは、誰にも相談できないことだった。こんな事は、この世界に来る前からわかっていたはずなのに、それでも、一人じゃないのに独りという、今までに感じたことのない感情が、俺を襲っていた…

親父が心配してくれたのも、植田さんが協力してくれるのも、全部俺を支えてくれているはずなのに、俺の心は、俺の視界は真っ暗だった…

時計を見ると、もう日を跨ごうとしていた。限られた日にちが、時間が、また少なくなってしまう…

残り時間は、あと六日…すでに、半分以上が、過ぎてしまっていた。

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