第2話

「そんな本、家にあったかな?まぁ、いいと思うけど」

この本には出版社などが一切書かれておらず、ただ、Zeitとだけ書かれていた。おそらく作者だとは思うが、ここだけ英語ではない気がする。ただ、見たところ本の内容は英語で書かれていそうなのでグー○ルなどを使えば、なんとか俺にも読めるかもしれないと思った。何より他の本にはない不思議なオーラをこの本からは感じたのだ。

「じゃあしばらく借りてくぞ」

「わかった。俺はイギリスにいるから返すのは新学期でいいぞ」

「おう、ありがとう」

海外ってイギリスだったのかと思い、ちょっと羨ましいなと思いながらも俺は遥希の家を後にした。

「お邪魔しましたー」

「お疲れ様、またいつでも来てねー」

優しい遥希のお母さんの言葉を受け、俺は四冊の本が入った重いリュックを持って、家に向かった。

真夏の炎天下ということもあり、家に帰る頃には身体中が汗でびしょびしょになっていた。

「ただいまー」

「おかえりなさい海斗、汗かいたでしょ?まずお風呂に入っちゃいなさい」

「そうするよ。ありがとう」


「うおっ!冷てぇ!」

出したばかりのシャワーはとても冷たかった。だが、夏はそれが気持ちいいものなのだ。

「ふーっ、さっぱりしたー」

シャワーを終えた俺は、タオルで体を拭き、部屋着に着替えを済ませると、自分の部屋に戻ると、自由レポートを何にするかを悩んだ結果、例の時間遡行の本を、訳すことを書くことにした。

とは言っても、いくら翻訳アプリがあるとしても分厚い本を全て訳すなんて、ただの高校生の俺には到底無理なことだった。だが、他に方法も思いつかなかったので、ゆっくりだが訳していくことにした。

ちなみに作者名のように書いてあったZeitはドイツ語で時間という意味だった。

つまりこの本は作者も分かららないものだったのだ。

訳してばかりでは飽きてしまうので、俺は職業レポートのために親父に取材をさせてもらえないか尋ねることにした。

親父の部屋のドアをノックすると、

「どうした?」

親父が聞いてきたので、

「ちょっと入っていいか?」

と言い、部屋に入った。

「お前の方から来るなんて珍しいじゃないか」

そういえば親父の部屋に入ったのは久しぶりな気がする。

「ああ、実は夏休みの課題で職業レポートってのがあってさ、それで父さんのことを取材させてもらえないかなって思ってさ、いいかな?」

てっきり笑顔で「いいぞ」と言ってくれると思っていたのだが、親父の表情は少し曇っていた。

そして親父はしばらく考えた後、

「わかった。だが少し時間をくれ。そうだなぁ、三日後はどうだ?」

と言ってきたので、俺は、

「ありがとう、じゃあ三日後にまた来るよ」

そう言って親父の部屋を後にした。

その日の夜、俺はずっと考えていた。親父の曇った表情の意味を…

もしかしたら、仕事中の親父の悲しい目と何か関係があるんじゃないか?

もしかしたら、言いたくないことがあるんじゃないか?

もしかしたら、俺に、いや、今まで誰にも行ったことがない様なことがあるんじゃないか?

そんなことをずっと考えていた。だが、いつか親父の悲しい目の意味を知らなければいけない気はしていた。もしかしたらその時は今なのかもしれない。高校生という早すぎでもなければ遅すぎでもない、この時が…


次の日、父の取材まではまだ時間があるので、俺は訳し作業を続けた。午前中に作業をしていくうちにどうすれば効率よく作業ができるだろうと考えているうちに、とてもいいアイデアが浮かんだ。

カメラで撮った文を訳してくれるアプリを見つけたので、俺はどんどんカメラで本のページを撮りそれをスクショしてレポート用紙に移していくことにした。        

この方法は予想以上に上手くいき、次の日、つまり取材前日の夜にはもう半分近くが終わっていた。半分の時点で本に書いてあった事は、


・時間遡行は可能である事

過去や未来に行く事はできるが、普通には行けず、特殊な条件がある事

・そのためには二つのことが必要であること

一つは、遡行理由が自分のためでない事

二つは、遡行する時間に同じ理由で遡行者が必要だと思う人が二人以上いる事


などが書いてあった。とても信じられないが、その条件というのもかなり合うのは難しい気がした。誰かのための遡行や、ましてやその時代の二人以上の協力者など、そう簡単に揃うものではない。確かにこれほどに条件が厳しいのであれば、時間遡行が可能かもしれない。それ以降のページには、おそらく遡行方法などが記されているのであろうが、時計を見ればもう一時になりそうということもあり、とりあえず今日は眠ることにした。

次の日に、親父の話がどんなものなのかを考えながら寝てはいたが、この時には、そのことをまだ甘く考えていた…


朝になって、ご飯を食べたり、着替えたり、取材の準備をしたりして、俺は父の部屋に向かった。

ドアをノックするとすぐに返事があった。

「海斗か?」

親父の声はいつもよりも低い気がした。

「ああ、そうだよ。あのさ、取材の事なんだけど…」

やはり少し抵抗があった。いつもと違う父と関わるのは…だが、ここまでやって、「ごめん、やっぱりいい」なんていうのも申し訳なかったので、俺は部屋に入った。

「えっと、それじゃあ、取材をさせていただきます。よろしくお願いします」

親父が相手なのに、なぜか敬語でないといけない気がした。それほど、今の父親には不思議なオーラがあったのだ。

「よろしくお願いします」

親父も、俺に合わせてなのか敬語で話してきた。

「ではまず最初に……」

最初のうちはどんな仕事なのかとか、大変な事、楽しい事、なぜその職業についたのかなどの、よくある質問ばかりだった。そういった質問に対しては親父も割と軽めに、警察になった理由や、楽しいところや、辛いところなどを話してくれた。レポートの内容としてはそれだけでも充分だったのだが、俺はさらに深い質問を続けた。そして、

「警察になって最初の印象に残っている事件は何ですか?」

という質問をしたときに、親父の目の色が変わった。そして、

「海斗、何でそんな質問をするんだ?」

逆に、親父の方から質問をしてきた。その声は意外と優しかった。

「さっきから職業についてじゃなくて、俺についての質問をしているよな?それはなぜだ?」

親父の問いに俺は否定する事はできなかった。なぜなら、親父の言った通りだったからだ。俺は警察という職業ではなくて、親父のことが知りたかったのだ。

だから、それを正直に話すことにした。

「実はさ、俺、父さんについて知りたいんだ。仕事している時の父さんは、いつもの明るくて面白い父さんじゃなくて、悲しい目をしてて、いつも他のこと考えてるみたいで、それがどうしても気になってたけど聞けなくて、でも、いつかは知らなきゃいけないと思っていたから、今日、この機会に聞こうと思ってたんだよ。」

俺は自分の心の中の言葉を口に出して話した。すると父はふっ、と少し微笑んでから、俺の目を見て、

「そうか、お前には気づかれていたのか。正直バレない様にしてきたつもりではあったんだがな、お前も成長したんだな、海斗」

「父さん…」

親父は何か心に決めた様に、よしっ、と膝を叩くと、

「正直、墓まで持っていくつもりだったんだが、海斗になら話せるかもしれないな。なぁ海斗、俺といくつかの約束をしてくれないか?」

そう親父は言った。俺は父の約束がどんなものか分かった気がした。だからこそ俺は、親父の目を見て答えた。

「ああ、もちろんだよ、約束ってなんだ?」

半分、確認する様な気持だった。

「一つは、この事はレポートに書かないでほしい。本音をいえば誰にも言いたくないものだからな。だが、お前になら話せると思う。二つ目は、俺を信じてほしい、この話を聞いて、俺へのイメージが変わってしまうとは思う。だが、俺のことを信じられない様にはなってほしくないんだ。約束してくれるか?」

父の肩は少し震えていた。それほど、この話には深い意味があるのだと俺は思った。そして、ゆっくりと答えた。

「わかった。約束する。息子を信じてくれ」

「ありがとう、海斗」

そして父は誰にも話したことのない過去を話し始めた。

「あれは、俺が刑事になって最初に担当した事件だったんだが…」


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