第3話

親父の話をまとめるとこうだった。

親父が刑事になって最初の事件は女子高生の誘拐事件で、今から二〇年前に起きた事件だった。今は二〇二〇年なので事件当時は二〇〇〇年ということになる。内容としては、女子高生を三人組のグループが誘拐し、約一ヶ月間にわたって、監禁をし、最終的に殺したという事件だった。しかも警察はろくな調査をしなかったらしい。その理由はその時に国の大臣を守るという別の任務があったからである。出世しか考えていない警察達はみんなそっちにまわった。親父は最後まで調査をしようとしていたが、周りの仲間たちは次々と諦めたらしい。

さらに警察はこの事件を隠蔽した。だからこの事件はテレビなどで一切放送されていない。警察が一人の女子高生を見殺しにしたのだ。


話を聞き終わった後、俺は怒りで震え上がった。

「ふざけるな!そんなの絶対に許せねぇ!」

親父は話を続けた。

「俺が出世しない、いや、できないのはそれが原因なんだ。自分勝手な行動で一人で事件を捜査し、しかも結果は助けられなかった…どうしようもないんだよ俺は…」

俺は親父に向かって叫ぶように言った。

「馬鹿野郎!親父は何も間違っていねぇ。間違ってんのは警察の方だよ!あんたのした事は正しい事だ!他の奴らがなんと言おうと、息子の俺が証明してやる!例え、過去に戻ってでもな!」

 親父は少し驚いた顔をした後に、

「過去か…確かになぁ…一度だけ願ったことがあるな、過去でも未来でもいいから、俺と一緒に最後まで諦めない奴がいないかなとさ…」

その言葉を聞いた時、俺はあの悲しい目がなんだったのかを悟った。

親父は過去や未来人を願うほどに追い詰められていたのだ。そして結局、その女子高生を助けられなかったことが、今でも親父を苦しめているのだと…

こうしてはいられないと思い、俺は立ち上がって、

「親父、その事件のデータはないのか?たった一人でも最後まで調べたんだろ?」

いつの間にか、呼び方が父さんから親父になっていることを、俺は言ってから気づいた。でも、そんな事はどうでもよかった。

「とってはあるが、そんなもの今更どうするんだ?」

俺の心はもうとっくに決まっていた。

「決まってんだろ?親父が間違っていなかったことを俺が証明するんだよ」

親父は首を傾げて、

「海斗、何を言っているんだ?」

当然の疑問を投げかけてきた。俺も説明ができるわけではなかったので、

「いいから渡してくれ、今度は親父が俺を信じる番だよ。俺が過去に行って親父とその子を救って見せる。俺を信じてくれ。親父」

俺はこの理解不能だと自分でも自覚している言葉を真剣に父の目を見て言った。

「よし、わかった。俺はいつでもお前を信じているぞ海斗。過去でもどこでも行ってこい!」

親父は事件の資料を渡してきた。その顔は笑っているようで、少し震えていた。

「ああ!任せといてくれ!」

俺はその震えを飛ばそうと思って、笑顔で部屋を出ていった。

何かの冗談だと思われているのだろう、でも、ドアを閉めた時、親父は小さな声で、「気をつけてな」と言ってくれた気がした。


 俺は自分の部屋に戻ると、例の本の翻訳作業を再開した。その日から俺は寝る間も惜しんで翻訳作業と事件について調べることを続けた。父の話を聞いた時から、俺は時間遡行への希望を持っていた。まず一つ目の条件である、誰かのための遡行、これは父と被害者の女子高生のための遡行だ。自分の為ではない。二つ目は過去に父は未来人を必要としていた。おそらく、その女子高生も一度ぐらい未来人にも助けを求めただろう。これならなんとかなるかもしれないと俺は思ったのだ。

 遡行の本の後ろ半分には実際の遡行方法や、リスク、遡行した後の戻るための条件などが書いてあった。


・条件が揃ったら、遡行者が強く願いながら眠りにつけば遡行が起きる。ただし、邪念があれば遡行は不可能

余計な事は考えず、ただ一つの事を願って眠れば遡行されるようだ。

・遡行できるのは一年ごと

つまり二〇一〇年に戻ろうとした場合、その日が七月二十七日だったら二〇一〇年の七月二十七日に戻ることになるということだ。

・遡行可能時間は二週間が限界であること

つまり、二週間を超えると、もう元の時代には戻れないということだ。

・遡行の目標を達成したその日の夜二十三時五十九分に元の時代に戻る

つまり、遡行する時の目標を決めて遡行し、それを達成すれば帰ってこられるのだ。

・過去を変えた場合、未来が変わった人物と共に戻らなければならない

なお、その人物の強い意志が必要

これはよくわからないが、とにかく、未来が変わった人と、一緒にじゃないと戻って来られないということだろう。そんなことができるのか、とは思ったが、過去に戻ることができるのであれば、過去の人物を連れてくることも、不可能ではないのかもしれない。

それに、今はこんなことを言っている場合ではなかった。そんな事は後で考えればいい。今はなんとしても過去に戻ることが大切なのだ。


 事件については、父が一人で調べたのにも関わらず、とても詳しく調べられていた。これを隠蔽したのであれば、尚更警察は許せなくなってくる。


・被害者の名前は姫川朱音

元松葉高校の生徒で当時十六歳だ。偶然なのか必然なのか俺と同じ高校で同い年だった。だが今までそんな生徒のことがいた事は聞いたこともない。やはり警察や、社会が隠蔽したからだろうか。

・事件の期間は二〇〇〇年七月の二十四日から八月の二十六日

ただし、二十六日にはもう亡くなっている状態で発見されたので、その時に助けるのでは遅い。

・犯人グループは三人組で名前などははっきりと分かっていない。

今でも捕まっていないうえに、おそらくもう時効の時期は過ぎてしまっている。捕まえるとしたら過去で捕まえるしかない。

その他にも犯人の大体の位置や名前の候補リスト、死体の発見場所などが書いてあった。


だが、この資料には何か大切なものがないような気がしていた…

そう思うほどこの資料には何か足りないような違和感があったのだ

「こんなところか…」

正直、もう少し手がかりがほしかった。二週間というタイムリミットがある中で、これだけの情報から、犯人を見つけるのは難しいだろう。しかも過去で自分は何ができるのかもわからないのだ。その時、俺は違和感の正体に気づいた。この資料には、普通なら絶対にあるはずの資料、写真が一枚も無かった。このことに俺は、大きな違和感を感じていたのだ。

それに第一、未来から来たと言って信じてくれるはずがない。これでは何も出来ないどころか、自分が未来に帰ってこれなくなる可能性さえある。そう考えると急に怖くなってきた…

「さて、どうするかだな…」

こればっかりは考えたところで答えが出ないのはわかっていた。でも悩まずにはいられなかったのだ。自分に何ができるのか、そして、父と被害者の姫宮さんを救えるのかを…


それから三日の時が過ぎた。俺はまだ決心が出来なかった。もし、俺に決心ができているのだとすれば、もう遡行されているはずだ。この三日間である程度の覚悟はできた。なんとかなると自分に何度も言い聞かせた。だが何かが足りなかった。過去に戻るというあまりにも大きな挑戦をするには、まだ、何かが必要な気がしていたのだ。

俺はカレンダーを見た。今日は七月三十一日、いつまでも悩んでいる場合ではない。例え今日遡行できても二週間後は八月の中旬だろう。間に合うか微妙なラインだ。俺はベットに倒れ込んだ。

「どうすればいい…俺は、俺はどうすればいいんだよぉ!」


その時だった。机の上のスマホの着信音が鳴った。

「誰だ?こんな時間に電話なんて…」

俺はスマホをとった。画面に表示されていたのは「遥希」だった。

「もしもし海斗?遥希だけど」

「どうしたんだよ?電話なんて珍しいじゃないか」

遥希とのやりとりは基本LINEのメッセージだ。家も離れていないので話そうと思えば、家に行くのだ。だから、あまり電話はしない。

「実はさ、俺、明日からイギリスに行くんだよ。それで今、空港にいるから最後にお前の声が聞きたくてな」

まるで恋人みたいなことを言ってくる

「恋人かよお前は!」

「いやー、俺が行くのはイギリスだけど、お前はもっとすごいところに行くんだろ?過去だっけ?」

「えっ?なんでそれを?」

なぜ知っているんだろうか…

「バーカ、お前のことぐらいわかるに決まっているだろ?あんな本持って行った時点で大体わかるって。まぁ本当に過去に行けるとは思えないけど、お前が本気でやってる事なら、俺は全力で応援するぞ!大丈夫だ!行ってこいよ海斗!」

「遥希…」

俺は気づいた。俺はこの遡行を自分だけが頑張ることでなんとかしようとしていた。だから、心に余裕がなくなり不安だけが増えていた。

だが、今の遥希の言葉で少しだけ心に余裕ができた。俺はずっと、「頑張れ」じゃなくて「大丈夫」と言ってほしかったのだ。

「ありがとう、遥希…」

「いや実はこの三日間お前から一度も連絡が来なかったからさ、何かあると思ってはいたんだがどうすればいいか分からなくてさ…そんな時、お前の親父さんから連絡が来たんだよ」

「親父が?」

どういう事だろうか?親父が誰かに連絡するなんて滅多にない事だ。ましてや遥希に連絡するのは今回が初めてだと思う。

「信じられないかもしれないが息子は俺のために過去に行こうとしている。背中を押してやりたいが俺にはなんて言ったらいいか分からない。だが君なら息子を信じてやれるはずだ。俺の分まで応援してやってくれないか?だとさ」

「親父…」

ここのところ俺と会わなかったのはそれを考えていたからなんだろうか…

「とにかく、お前はなんとかなる。大丈夫だ!気をつけて行ってこい!」

その言葉で俺は一気に不安がなくなり、背中を押された気がした。

「遥希…親父…ありがとう…」

俺は覚悟を決めた。

「行ってきます!」

そして俺は強く願いながら、眠りについた。過去に戻るために……

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