第25話

「話は聞かせてもらったよ」

植田さんが部屋に入ってきた。

「植田さん、どうして?」

「いや、これを君に渡したくてさ」

植田さんが渡してきたのは、植田さんが使っていたトランシーバーだった。

「これって…」

「いや、海斗くんが使ってたやつは壊れちゃったからさ。未来に行っても僕のことを忘れないでくれたらなって…」

「こんなことしなくても、俺は植田さんのことは一生忘れないですよ。でも、ありがとうございます。この世界の思い出としてこれはもらっていきますよ!」

「うん…」

植田さんは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。

「さよなら、海斗くん」

きっと彼は、ずっとこの言葉を俺に伝えたかったのだろう…

だから俺は、その寂しそうな顔に、笑顔で返した。

「はい、またどこかで!」

すると、植田さんも、少しだけ笑顔になった。

植田さんが出ていくと、彼女が横で笑っていた。

「どうしたの?」

「いや、すごくあなたらしいなって思って」

「そうかな?」

「またどこかでって言葉、とてもいいなって思いました。私たちが未来に行っても、会えなくなるって決まったわけじゃないですもんね」

無意識のうちに口から出ていたが、自分の言った言葉をリピートされると、少し恥ずかしいものだ。だが、それと同時に、少し嬉しい気持ちにもなる。

「うん、きっと会えるよ」


そしていよいよ、指定の時間が近づいてきた。時間は午後十時、俺たちは親父を呼んで、山崎のもとに行くことにした。


「着いたな」

「ああ」

「着きましたね」

時間は十時半を少し過ぎた頃、俺たちは山崎に言われた通り、倉庫の前にやってきた。

「じゃあ、父さんは離れていてくれ」

「ああ、わかった」

そう言うと、親父は俺たちから少し離れた場所にある、木の下に身を隠した。

しばらくすると、向こうから人が歩いてきた。

「…!来たか…」

時間は十一時ちょうどだ。山崎で間違いなさそうだ。

「佐倉…」

「よう、山崎。待ってたぜ」

「何でお前がいるんだ?僕は姫川しか呼んでない。それにお前は落ちて死んだはずだろ」

「残念ながらそれが死んでなかったんだ。ちょうど川の深い部分に落ちたみたいでな」

「どこまでもしつこい奴だな。まぁいい、さっさと彼女を渡して帰れ」

「なに言ってんだ?お前なんかに渡すわけないだろ、朱音は俺の彼女だぜ?」

その瞬間、山崎の表情が変わった。

「彼女だと?」

「ああ、俺の彼女だ。だからお前には渡さない」

「ふざけるな!そいつは僕の女だ!つべこべ言わずに渡せよ!」

「渡さねぇって言ってんだろ!いいから写真を渡せ、ビリビリに引き裂いてやるぜ」

「断る」

「いいのか?俺だって写真を持っているんだぜ?」

「何だと?」

俺はポケットからカメラを取り出し、山崎の写真を突き出した。

「これはお前の犯行現場だ。何ならこれとトレードでもいいぜ?どうせすぐに警察行きだろうけどな」

「そんなの認めるか!こうなったら力尽くでも奪ってやる!写真も、姫川もな!」

「どうせそうだろうと思ったぜ、今度こそ正々堂々と勝負だ!約束どおり、ボッコボコにしてやるぜ!」

俺は、山崎に次会った時にボコボコにすると言った。その言葉を今現実にする時が来たのだ。

「見ててくれ、朱音」

「うん、頑張って…」

「いくぞ山崎ぃぃぃぃぃ!!!!!」

「くらえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

バキッ!

人生で一番のパンチがお互いの顔に炸裂した。

「ぐぉっ!」

「ぐはぁ!」

それでも、俺たちは立ち上がる。ここで倒れたら、彼女に見せる顔がない。男は好きな女の前なら、簡単に限界を超えられるのだ。

「まだまだァ!」

「死ねぇ!」

もはや、プライドなどはどこにもなかった。ただ、自分が好きな人を守るため、そして好きな人を奪うため、二人の男は戦うのだった。

ガッ!

ドカッ!

ドコッ!

ただ、相手を倒すために、一発一発が本気な音だけが、夜の倉庫に響き渡った。

そして、一時間近くにわたり、俺と山崎は殴り合いを続けた…

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