第24話
八月十三日
「なんで?」
起きて、第一声がそれだった。
俺たちは確かに未来を強く願った。手だって繋いで寝たのだ。
なのに、それなのに…
俺たちがいる場所は、昨日までいた場所と全く変わらない…
俺たちは、未来に行くことはできなかったのだ。
「ど、どうして?これで未来に行けるんじゃなかったの?」
「そのはずなんだけど、なんでだろう?」
二人で考えていると、親父が部屋に入ってきた。
「おお、海斗。やっぱり未来にはいけてないみたいだな」
「やっぱりって、どういうことだ?」
親父は何か心当たりがあるんだろうか?
「そりゃお前、まだこの世に未練があるってことだ」
未練?そんなはずはない。彼女は家族や友達に別れを告げていて、俺だって、植田さんたちに別れを告げた。この世界に、もう未練はないはずなのだ。
「でも、俺も朱音も、この世の未練は全部昨日解決したはずなんだ」
「山崎のことだろ?」
親父のその言葉に、俺と彼女はフリーズした。
「あっ…」
「確かに俺は、俺たちに任せるのもあるだと言った。だが、お前はそれで俺たちに完全に任せることはできないだろ?」
「そ、それは…」
「それは仕方がない。だって、お前のいた未来では、俺たち警察は、彼女を救うことはできなかったんだからな」
その通りだった。本当ならば、山崎は親父たちに任せ、一日でも早く俺は未来に帰りたかった。だが、未来を知っている俺は、心の底から親父たちに任せることができなかったのだ。
「それはきっと、姫川さんも同じだと思うぞ」
「えっ?そうだったの?」
彼女は静かに首を縦に振った。
「ごめん、私も山崎君のことは心に残っているの。未来に行けばそれからも解放されるかなって思ったんだけど、それだけじゃ、強い意志にはならなかったみたい…」
「そっか…よし、わかった。山崎と決着をつけて、未来に帰ろう!」
これで、本当に最後だ。この世界にいられる時間も後わずかだ。全てにけりをつけて、この戦いを終わらせる。俺は強く心に誓った。
「親父、お願いがあるんだ」
「ついに親父呼びか…、なんだ?」
「山崎とは、俺と彼女ではけりをつけさせてほしいんだ」
これが、この世界での、親父への最後のお願いだった。
「だが、流石に危ないだろう…万が一のことがあったら…」
それでも親父は俺たちのことを心配してくれた。
でも、これだけは、俺と彼女が、二人で乗り越えなければいけない問題なのだ。
「じゃあ、山崎と戦ってる間だけでいい。俺のことを息子だと思って見てくれないか?」
警察官として俺のことを見るなら、殴り合いになったりした瞬間には、必ず親父は止めるだろう…
だが、それではダメなのだ。しっかりと決着をつけなければ、俺はきっと、未来には帰れない…
「私からも、お願いします!」
彼女も、親父に頭を下げた。
親父はしばらく考えていたが、いつかのようにふっと笑うと、
「わかった。けりをつけてこい!」
そう言ってくれた。
「親父…ありがとう」
「それじゃ、俺は外にいるから、何かあったら連絡しろよ」
「ああ、わかった」
「いいか、海斗。必ず連絡するんだぞ」
念を押された。それも当然だ。前に一度、一人で突っ込んで死にかけているのだから…
「わかってるよ」
親父は、心配そうに、けれど少し嬉しそうに、部屋を出て行った。
「それで、どうしたらあいつを見つけられるかな?」
「あ、あのさ、海斗くん。怒らないって約束してくれる?」
「ん?」
怒らないって約束して?というのは、大方これからとんでもないことを言う前兆のようなものだ。
だが、彼女はこれまで誰かに頼ることなく生きてきた人だ。言い出せなかったことだってあるだろう…
「わかった。約束するよ」
「じ、実はね、私、彼に写真を撮られて、脅されているの…」
「何だって!」
俺は思わず立ち上がる。
「ひっ!」
それに反射するように、彼女は頭を抱える。おそらく、怒られると思ったんだろう。だが、俺の怒りの矛先は当然彼女ではなく、山崎に対してだった。
俺は彼女を抱きしめた。
「ひゃっ!えっ?海斗くん?」
「ごめん、朱音。気づいてやれなくて…」
「海斗くん…」
「朱音の手紙を読んだ時に、気づいてやるべきだった。ずっと一人で悩んでるってことに。でも、ありがとう。俺に言ってくれて」
「えっ?」
「俺なるよ、朱音の頼れる人に。俺も朱音を頼る時もあると思うけど、それでも、俺は朱音を助けたい。だから、ありがとう。俺を頼ってくれて」
「本当に、頼っていいの?」
「当たり前だろ?俺は朱音の彼氏なんだぜ?」
自分で言ってるのが恥ずかしくなるほどのキザっぽいセリフだが、今ぐらいは、言っても許される気がした。
「俺は、絶対に山崎を許さない。そして、必ず朱音を、この世界から救ってみせるよ」
彼女は、少し俯くと、笑顔で俺を見ながらこう言った。
「うん、頼りにしてるよ!私の彼氏さん!」
「それで、写真っていうのは?」
「うん、私、本番はされてないって言ったけど、その前のことは色々されたのよ」
「言ってたね」
これは、詳しくは聞かない方がよさそうだ。
「それで、服を破られた時に写真を撮られたの。これはお前を脅す時に使うって言ってたわ」
「やっぱりそういうことだったか…」
初めて彼女のところに行った時、俺は山崎に「彼女を脅していないか?」と聞いた。
あの時、明らかに奴は動揺していた。彼女が答えられなかったのもそのためだ。そしてこの世界は二〇〇〇年だ。まだネットなども発達していないから、必ず奴は写真を使い、もう一度彼女と接触しようとするはず…そこで決着をつけるしかない。
だが、今のところ奴の方から連絡が来る気配はない。今日は八月十三日だ。タイムリミットは明日だ。もし、明日の二十四時を過ぎれば、いよいよ本当に未来に帰ることができなくなる。
「海斗くん、私から連絡してみる?」
「できるの?」
「私が最初位に捕まった時に、携帯電話を取られて勝手に電話番号とか入れられたから…」
確かにそれならこちらの都合に合わせることができる。だが、犯人がそんな個人情報を被害者に教えたりするだろうか?
「あいつの電話番号わかる?」
「うーん、えっとね…」
彼女は携帯の連絡先を調べる。そして少し経った後、彼女は申し訳なさそうな顔をして俺の方を見てきた。
「ごめん、海斗くん…連絡先無いかも…」
「追加されたのは確か?」
「うん…」
「あいつから連絡が入ったことは?」
「ないと思う…」
「そういうことか…」
二十年前の携帯は、今と比べてそこまで高性能ではない。当然スマートフォンのような、便利な機能がついているわけではない。今だとメールアドレスを交換する時に空メールを送るように、一度でも向こうから連絡がないと、連絡先は交換されたことにはならないのだ。
つまり、山崎から連絡がない限り、俺たちは動くことができないのだ…
「ごめん…どうしよう…」
「朱音が謝ることじゃないよ。しかも俺らから連絡したら、あいつにはかえって怪しまれちゃうしね」
「そ、そっか…」
そう言ったものの、もしこのまま山崎から連絡が来なかったら、どうすればいいのだろう?俺の心は、再び不安に襲われた。
その時だった。
「か、海斗くん!知らない電話番号から電話が!」
彼女の携帯に電話がかかってきた。
「山崎からかもしれない。ここは一人で出てくれ。何か言われたら、これにメモして」
俺は紙とペンを彼女のそばに置いた。
「うん、わかった」
彼女はゆっくりと電話に出た。
ここで、俺がいることがバレてはいけない。そうすると、相手が話を変え、自分の有利な条件にしてくる可能性があるからだ。
「はい、姫川です…山崎さん…」
どうやら相手は山崎で間違いなさそうだ。
「今日の夜ですか……はい……はい……」
彼女は話をしながら、紙にメモをしていく。
俺は少し離れた位置で、彼女を見守った。
やがて彼女が話し終わり、電話を置いた。
「海斗くん、山崎くんからでした」
「それで、奴はなんて?」
「今日の夜、十一時に倉庫に来いって…」
「そっか、わかった」
どこまでも倉庫にこだわる奴だ。だが、夜の十一時となると、あいつにも色々と考えがあるのかもしれない…
「それで、どうするの?」
「決まってんだろ?行くしかないじゃん!」
向こうの条件に合わせるのは少々危険だが、今はそれしか方法がない。それに奴が指定した時間は今日の夜十一時。これが最後のチャンスと思って間違いないだろう…
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