第26話
「はぁっ…はぁっ…」
「ぜぇっ…ぜぇっ…」
「どうした、もう終わりかよ…?」
一時間以上の死闘を制したのは、俺だった。俺の前には俺と同じく息を切らし、俺と同じく血だらけになった山崎が横たえていた。
「くそぉ…」
俺は倒れた山崎から、彼女の写真を奪った。
「あっ、それは…」
ビリッ!ビリリッ!
山崎が何かを言い終える前に、俺は躊躇なく写真を破り捨てた。
「お前の悪事もここまでだ。彼女は渡さない。俺が彼女を、一生幸せにするからだ」
「ふん、一生だと?笑わせるな!どうせ高校生の恋愛なんて長く持っても一年だ。いずれは破局へ向かうんだよ!」
「違う!」
俺は力強く否定した。
「俺が彼女を作るってことは、高校生の彼氏彼女みたいなそんなもんじゃない!一緒に生きてく覚悟を決めるってことだ!」
「海斗くん…」
「たとえどんな障害があっても、俺と朱音なら乗り越えられる。犯罪に巻き込まれても、時間を超えたとしても、俺たちなら乗り越えられる!」
そう言い切れるのは、経験があるからだ。犯罪に巻き込まれても、希望を捨てず、自分の強さを貫ける彼女。その彼女を救うために、時間を超えて、命懸けで助けた俺…
そんな二人だからこそ、俺たちはこれから、どんなことがあっても乗り越えられる。そんな証拠はどこにもないのに、何故か心がそう言っている気がしたのだ。
「ははは、そうか、覚悟か…確かに俺にはそれはなかったかもなぁ…」
「覚悟がない奴が、犯罪なんてするんじゃねぇよ」
その時、体の力が一気に抜けた。体を支えている棒が折れたかのように、俺は地面に倒れ込む。
その体を抱え込むように、彼女が俺の体を支えた。
「朱音?」
「海斗くん、ありがとう。私も、覚悟ができたよ」
そう言うと彼女は、俺の体を強く抱きしめた。
「私、本当はやっぱり怖かった。未来に行くことが。でも、やっぱり君となら大丈夫な気がした。だから、私と一緒に生きてくれる?」
「ああ、もちろんだよ」
俺が即答すると、彼女は優しく微笑み、山崎の方を見た。
「山崎さん、私は佐倉海斗くんが好きです。だから、あなたの気持ちに答えることはできません」
これが彼女の、初めての、心からの拒絶だった。山崎はそれでも彼女を諦めようとはしなかった。
「うるさい!こうなったら刑務所から出た後で、必ずお前を簿記雨のものにしてやる!」
ここまでくると、もはやストーカーだ。だが、彼女はそれに怯まなかった。
「わかりました。二十年後に出直してきてください!」
その後、親父によって山崎は確保され、姫川朱音の事件は幕を閉じた。
八月十四日
俺がこの世界にいられる最後の日は、事件の解決とともにやってきた。
「それじゃ、今度こそ本当に行こうか」
「うん、そうだね」
俺と彼女は、最後にもう一度客室に戻り、未来に行く準備をしていた。
準備といっても、言ってしまえば寝るだけなので、特に何かをすると言うこともないが…
「いってぇな…」
さっきまで殴り合いをしていたこともあり、口の中が切れて痛い。傷は彼女が消毒してくれたが、さすがに口の中までは消毒できない。しゃべるたびに血の味がする。
「大丈夫?」
彼女はあれからずっと俺のことを看病してくれていた。時間は深夜二時過ぎ。お互いに、心身ともに限界だった。
「もう寝よっか?」
「ああ、そうだな」
俺は無意識のうちに彼女の手を握っていた。
「海斗くん…」
「ん?」
「私ね、人に頼ったことがなかったからこんなことどうお願いしたらいいかわからないんだけど…」
「うん…」
「甘えても…いいかな…?」
電気は消えている。部屋は真っ暗だ。それなのに、彼女は今、顔を真っ赤にしていることが伝わってくる。きっと、彼女なりに勇気を振り絞ってこの言葉をいたのだろう。
俺は男だ。女の子が頑張っていってくれたことには、しっかりと返さなければならない。
「ああ、もちろんだ」
冷静を装っているが、俺の心は今にも爆発しそうなほどドキドキしている。
「じゃあ、もっと抱きしめてほしい…」
「あ、ああ…」
これはまずい。理性がもちそうにない。ふわっと揺れた髪の毛からは、同じシャンプーを使ったとは思えない、いい香りがする。
「どうしたの海斗くん?私から抱きしめちゃうよ?」
あれ?なんかキャラが変わっている気がする…。実は、俺、佐倉海斗という男は自他ともに認めるヘタレである。だから、女の子にこんなことを言われることに全く耐性がないのだ。
「…お、おねがいしましゅ…」
噛んだ。
もはや自分が何をいっているのかも分からない。
「ふふっ、可愛いなぁ、海斗くんは」
さっきからどんどん立場が逆転している気がする。もしかして俺、男の子失格なのでは?
「でも、とってもかっこよかった」
「えっ?」
予想外の言葉に驚きを隠せない。かっこいい?何のことだ?
「私のためにあんなにボロボロになるまで戦ってくれて、本当、あなたに出会えてよかったって思ったんだよ?」」
「いや、あれは…」
あれはかっこいいと言えるものじゃない。俺がもっと強ければ、こんなに戦いは長引かなかったのだから…
ちゅっ…!
何かが俺の頬に触れた…指じゃない、もっと柔らかいような温かいような…これはもしかして…
「朱音?今のって…」
「もっとさ、自信持ってよ自分に」
キスをされたのか…?自信を持つ…?色々なことが頭の中でぐるぐると回る。ほとんどオーバーヒート状態だ。
「へっ?」
何とか絞り出せたのは、とても情けない声だけだった。後悔してももう遅い…絶対にかっこ悪いと思われた…もう終わりだ…
「海斗くん、私にキスして?」
もうだめだ、何をいっているんだこの人は?本当は恋愛上級者なんじゃないか?
「ど、どうして?」
「どうしてって、好きな人とキスをしたいって思うのは当然でしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど…」
「海斗くんは、自分が思っているよりずっとかっこいいんだよ。少なくとも私にとっては世界一かっこいい。だから、もっと自分に自信を持って欲しいの」
「自信…」
「だから、私にキスしてよ?」
「何でそうなるの?」
もう訳がわからない、自信とキスは一体何の関係があるんだろうか?
「私にキスできたら、男の子としての自信になるでしょ?」
俺はようやく理解した。これは彼女なりに俺のことを考えてくれた結果だったのだ。
そして、そういうことなら、せっかく彼女が作ってくれたチャンスを捨てるわけにはいかない。
「俺は、君が好きだ、朱音」
「うん」
「だから。俺の気持ちを、受け取ってほしい」
「うん、来て?」
そっと、彼女の頬に手を添える。彼女の顔はよく見えないが、きっと、俺と同じような顔になっていると思う…
「んっ……」
唇が少し触れるほどの、一瞬のあどけないキスだった。
でも、その一瞬は、一秒…、二秒…、それ以上に感じた。
「はぁ……」
唇が離れても、気持ちは整理できない。初めて自分から好きな子にキスをしたのだ。体中から汗が、気持ちが溢れそうになる。
ただ一つだけ確かなことは、俺は今、幸せだってことだ…
そして、俺の意識は少しずつ遠のいていった…
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