第20話

「未来人…?」

「ああ、この時代には、歴史を変えるために来たんだ。君と、親父の運命を変えるために」

「そうなんだ…」

「ごめん、急にこんなこと言われても、理解できないよね。意味、わかんないよね…」

やはりダメだろうか…

「ううん、信じるよ?」

彼女の口から出たのは、俺が一番求めていたが、期待はしていなかった言葉だった。

「えっ?今、信じるって言ってくれた?」

「うん、信じるよ。心のどこかで、もしかしたらそうなんじゃないかなって思ってたんだ」

「そうなの?」

「最初に助けに来てくれた時に、藤原さんたちにいろいろ言われてたでしょ?ただの高校生じゃないとか、なんで父親と一緒に来なかったのか、とか」

「ああ、そう言えば、そうだったね」

「それで、今の話を聞いて、やっと理解できたの。海斗くん、ありがとう」

「いや、お礼を言うのはこっちの方だよ。こんな話を信じてくれてさ」

「でも、未来から来たぐらいしか考えられないよ。このままだったら絶対見つからなかった私を助けてくれて、私や、彼らの動きがまるでわかってるみたいな感じだったんだし」

そう言われれば、その通りなのだ。俺は親父の資料をもとに、彼女の居場所を突き止めたのだから。

「ははは、敵わないな、君には」

「そんなことないよ」

彼女は俺の言葉を信じてくれた。

だが、ここからが本番だ。

「それでさ、俺が未来から来たってことなんだけど」

「うん」

「実は、ここにいられる時間は限られてて、俺、未来に帰らなきゃならないんだ」

「そうなの?」

「ああ、この世界にいられる時間は二週間、三日後までには、元の世界に戻るんだ」

そして俺は、彼女の目を見てしっかりと言う。

「それで、俺と一緒に来て欲しい」

彼女は表情を変えなかった。

いや、変えることができなかったと言う方が正しいだろう…

「えっ?一緒?」

「ああ、一緒に来て欲しいんだ。俺の世界、未来に」

「えっと……」

彼女は俺の言葉を理解できていない。当たり前だ。この言葉をいきなり言われて理解できる人など、この世にいるだろうか?いるわけがない。実際、そう言った俺がこの言葉を受ける側の人間だったら、きっと理解はできないだろう。そんな自分でも理解できないようなことを、俺は今、彼女に対して言っているのだ。

「何を言ってるのか分からないのはわかってる。だから、聞くだけでいい。落ち着いて、俺の話を聞いてくれ」

「うん、わかった」


その後、俺は一時間近い時間をかけ、彼女に俺が元の世界に戻るためには、一緒に未来へ来てくれることが必要だと話した。その間、彼女はじっと俺の話を聞いてくれていた。俺の言っているよく分からないことを、必死に理解しようとしてくれていた。

「そうなんだ…」

「うん、ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって…」

俺の心は、彼女に対する申し訳なさでいっぱいだった。やっと地獄から解放され、家族や、友人とも会いたいはずだ。それなのに、俺がここにいられるのが後三日だと話したせいで、彼女の心をさらに追い詰めてしまったのだ…

「ちょっと、一人で考えさせてくれる?」

彼女はそう言った。

その声は、不安でいっぱいなように感じた。

「ああ、ごめん。じゃあ、大丈夫になったら、声かけて?俺、隣の部屋にいるから」

「うん…」

「ごめんね」

俺の口からは、その言葉しか出なかった。本当はもっと言いたいことがあるはずなのに、何故か、それしか言えなかったのだ…

「ううん、大丈夫だよ?」

部屋を出る時、小さくだが、彼女の声が聞こえた。

だが、俺は知っている。


女の子が大丈夫だと言う時は、本当は大丈夫なんかじゃないのだ。


優しい女の子は、いつも周りに気をつかってしまっている。だから、自分の気持ちを、みんなに言わない、自分の思いを、隠してしまっている。そんな女の子の大丈夫なんて言葉は、本当は全く違う意味なのだ…

バタン

ゆっくりとドアを閉めて、俺は彼女の部屋を後にした。

その後、父のいる取調室にも行こうかと思ったが、どうしても足がむかなかった。

結局、俺はそのまま自分の客室に戻った。

部屋に戻ったところで、特にやることもなかった。姫川朱音を助けるという、俺の時間遡行の最大のミッションは終わったのだ。

だが、俺の心には、喜びの感情はなかった。

彼女を助けたのに、また別の理由で彼女を苦しめてしまっているのだ。それが、どうしようもなく、俺の心までもを苦しめている…

未来から来た俺は、人の未来を変えることはできる。だが、人の運命を変えるのは、俺だけの力じゃ不可能なのだ。その人自身の強い意志がなければ、運命は変わらない。俺にできるのは、精々サポートぐらいのものだろう。それに、これはほぼ俺自身の勝手な問題だ。相手にとっては、いい迷惑でしかない。自分のために人の運命を変えようとするなんて最低だ。

だから俺には、何をすればいいのかが分からなかった…

結局、この日は、彼女は出てこなかった。声をかけようともしたが、それはできなかった。今、声をかけたら、さらに彼女を裏切ってしまうような気がしかから…

残された時間は、後三日…

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