第21話
八月十二日
こんなに重い気分で迎える朝は久しぶりだ、と思うほど、よく眠ることができなかった。
なんとなく、机の上を見たら、一枚の手紙が置いてあるのが目に入った。
「なんだ?」
手紙の表には、「海斗くんへ」と書かれていて、裏には、「姫川朱音」と書かれていた。
「朱音から?」
俺はすぐに封を開け、中の手紙を読んだ。
佐倉くんへ
あの後、すごく一人で考えました。それでも、まだ、私にはどうすればいいのかわかりません。
正直に言えば、私はあなたと一緒に未来に行きたいです。この世界には、私が心から頼れる人がいないんです。友達も、私を頼ってきてくれるのに、私の相談は、あまり聞いてくれませんでした。
両親も、自分たちの勝手な理想を押し付けてくるだけで、私のやりたいことは、何も許してくれませんでした。
本当は、私が一番弱いんです。ずっと、誰かに助けてもらいたかったんです。でも、私は助けを求めることができませんでした。誰なら私の話を聞いてくれるかなって考えた時、誰も思いつきませんでした。
ずっと、ずっと辛かったんです。
でも、私は、ここが嫌いじゃありません。私を必要としてくれる人たちがいて、友達と呼べる人たちがいて、それでいいかなって思ってるんです。
でも、本当は怖いんです。他の世界に行くことが…
ようやく自分が認められたかなって思ったこの世界を離れて、全く別の世界に行って、どうなっちゃうんだろうって、それが怖いんです。
でも、私は、あなたと一緒にいきたいって思っています。
あなたは、初めて私のわがままを聞いてくれました。
初めて、私を助けてくれました。
こんなこと、今までなかったんです。
でも、それはあなたが優しいからだって思うんです。私が、事件の被害者だから、話を聞いてくれるんだって。そうに違いないって。
まだ、自分の中で、整理がついていないんです。
私を頼ってくれて、私にも頼らせてくれる人がいるかもしれないなんて、そんなの、わがままだと思うから…
だから、明日、植田さんと一緒に、両親と、学校の友達に会いに行ってきます。
この世界の、私の大切な人たちにあって、自分の心を確かめようって思ったんです。それに、もしかしたら、もう会えなくなるかもしれないので、挨拶を、してこようかなって思います。
P・S
私は、今まで、誰かを好きになったことがないです。だから、好きとか、恋とか、そういうことはわかりません。
でも、あなたが助けに来てくれた時から、私の頭の中は、あなたのことでいっぱいです。昨日も、話を聞いている時は、ずっと心臓が動いているのを感じました。ドキドキってこんな感じなのかなって思いました。
もし、これが恋だとしたら、
私は、
そこで、手紙は終わっていた。
最後まで描かれていないとは言え、そこに何が入るのかは、何をするよりも明らかだった。
でも、手紙を読んで、俺は少しだけ、姫川朱音という女の子を知ることができた気がした。
俺が見ていた、強くて優しいという一面は、本当に一面に過ぎず、本当はもっと自分に自信がなくて、弱い女の子だったのだ…
「俺は、最低だ…」
俺もまた同じだった。勝手に、彼女を強くて優しい女の子だと決めつけていた。そして、心のどこかで、彼女なら、俺の言葉だって、俺のわがままだって聞いてくれるんじゃないかって思っていた。これでは、彼女の言う、彼女のことを頼り、彼女の頼りになれない人たちと同じになってしまう。
それでも、彼女からのメッセージには、俺に言葉で言えなかったことがたくさん書かれていた。
彼女は、この世界でとても辛い思いをしていた。そして、俺と一緒に未来に来ることも考えてくれていた。そして何より…
彼女は、俺に恋をしていた。
それを理解するために、俺の頭はヒートした。信じたいが、信じられない。そんな感情が、俺の中で回り続けた。
混乱や、後悔や、自己嫌悪や、嬉しさが、俺の中で爆発しそうになってしまっている。
だったら、俺にできることはなんだろうか。彼女のためにできること、彼女の気持ちを知った今、彼女と両想いになれた。
だが、彼女は俺の気持ちを知らない。
俺が彼女のことを好きだということは、彼女には伝えてない。だから彼女は、俺に気持ちを伝えることを躊躇い、この手紙を書いたのだ。
だからと言って、ここで俺が彼女に気持ちを伝えたところで、何も解決はしない。俺が、彼女にとって、頼っていい存在だということを、証明する必要があるのだ。
でも、足は動かなかった。
今、彼女は、彼女なりの方法で、この世界との思いを、断ち切ろうとしてくれているのだ。
そこに俺が入っていくのは、どう考えたっておかしい。
俺には、何もできないのか…
そう考えていると、ドアが開いて、親父が入ってきた。
「海斗、ちょっといいか?お前が未来に帰ってしまう前に、どうしても伝えておきたいことがあるんだ。
「あ、うん、いいぜ」
突然のことだったので俺は戸惑ったが、親父の真剣な顔を見て、俺は気を引き締めた。
親父は俺の前に座ると、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとな、海斗」
「え……?」
「本当にありがとう」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、いきなりどうしたんだよ?俺、感謝されるようなことしてないだろ?」
「いや、してくれた。お前がいなかったら、俺たちは姫川さんを救うことはできなかっただろう」
「そ、それはそうかもしれないけど、結局は、父さんたちが俺を信じてくれたからできたことだし…」
親父は、さらに深く腰をかけた。
「実はな、俺は、今回の事件を解決できなかったら、警察を辞めようかって考えてたんだ」
「えっ?」
「俺は、命を守るために警察官になったんだ。だが、そううまくはいかなかった」
「そうだったのか?」
「ああ、この警察という機関は、俺の思っているようなものじゃなかった。全員が市民の安全を考えているもんだと思っていた」
「ああ」
俺も昔はそう思っていた。そしてその後に現実を知り、そうであって欲しいと思った時もあった。
「だが、実際はそんなことはなかった。出世のことや、立場のことばかりを考えて、俺はそれが許せなかったんだ」
親父は、俺の理想の警察官そのものだった。俺が追い求めていた存在は、俺の、すぐそばにいた。
「俺は、そいつらを見返してやろうと思った。そして挑んだのが、この事件だった。協力者を募ったが、誰も協力してくれなかった。同じ捜査班になった奴らも、日に日にいなくなっていったんだ」
ここまでは、俺の世界の親父の記憶と一緒だった。このまま彼女を救えなかった道を歩み、親父は変わってしまうのだ。仕事中に、悲しい目をする親父に…
「だが、そんな時に、お前が来てくれたんだ。どんなに捜査しても先が見えなかった時に、お前が来てくれた」
「でも、俺最初は何も…」
「ああ、わかっているさ。あの時お前が何も言えなかったのは、事件の手がかりとなるものが、全て未来からのものだったからだろう?」
「ああ、そうだよ」
「なぜそのことを知っているのか、と聞かれた時に、答えることができないから、あの時、何も言えなかったんだろう?」
全くその通りだった。親父は、それを理解してくれていたのだ。
「ああ」
「だが、お前は植田という心強い味方を見つけてくれた。俺とは班が違ったから、普段なら関わらないだろうが、お前が連れてきてくれたおかげで、彼と出会えたんだ。彼女を助けたいと心から思っている、初めての仲間ができたんだよ」
「そうだったのか…」
俺はちゃんと、この人を助けられていたんだ。うまくはいかなかったけど、俺の気持ちは、伝わっていたのだ。
「お前がかえてくれたんだ。俺の未来を。俺は、警察官を続けようと思う。きっとまだまだ、救える命があるはずだから。俺は、その命を救いたいと改めて思ったんだ」
「父さん…」
「だから、ありがとな、海斗。俺が今、誇りを持って警察官を続けていこうと思えるのは、お前のおかげだ」
そういうと、親父は立ち上がった。
「それとな、海斗」
「なんだ?」
「姫川さんのことだが、お前、どうするつもりなんだ?」
「ど、どうするって…」
「本気で未来に連れていく覚悟が、お前にはあるのか?」
「っ……それは…」
「これは、彼女ももちろんだが、お前の覚悟だって必要なんだぞ?もし仮に、彼女と未来に行けたとして、その未来で、彼女と別れることになったらどうするんだ?」
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