第10話
な…、どうして」
確かにさっきこいつらは倉庫の外に出ていったはずだ。俺はこの目でちゃんと確認したのだ。それなのに、どうしてここにいるのか、俺は軽いパニックになってしまった。
「さっき出ていったはずの俺たちが、何でここにいるのか知りたいかい?佐倉海斗くん?」
「お、俺の名前を…」
「それは君が学校を訪ねた時にご丁寧に教えてくれたじゃないか、警官志望の佐倉君?」
しまった、いくら何でもあの時に話しすぎてしまった。こいつらが犯人かもしれないと疑わずに捜査をしたことが仇となってしまった。
だが、こうなっては仕方ない。ここは割り切って、何とかこの状況を切り抜ける手を考えなくては…
彼らが笑いながら、彼女の方を見る。
「残念だったね、朱音ちゃん。せっかく助けが来てくれたと思ったのにすぐに見つかっちゃってさ」
「い、いや…、もう、いや」
彼女は震えていた。一度希望が見えたのに、すぐに絶望が来てしまったことに対してか、それとも単純な恐怖か、それはわからないが、それは横にいる俺に伝わるぐらい、はっきりとわかった。
俺は冷静さを取り戻した。
そして俺は思った。必ず彼女を助けなければならないと。
俺は彼女の肩に手を置いて、
「大丈夫です、約束します。必ず助けますから」
そう言った。彼女に聞こえるくらいの小さな声で、そして、自分に言い聞かせるように…
「さぁ、佐倉君、おとなしくその子をこっちに渡すんだ。素直に渡せば、君には何もしないよ」
「へっ、ふざけないでもらおうか、ここまで来てこの子を助けずに帰れるわけねぇだろうがよ」
彼らは俺の反応がわかっていたかのように、表情を変えることもなく、話を続けた。
「そうか、残念だ。まぁ、君は警察関係者だ。どんな対応をしたところで、素直に帰すつもりはなかったけどね」
「どうせそんなところだろうと思ってたぜ、何もしないなんてのは犯罪者の口癖みたいなもんだしな」
彼らはこちらに近づいては来なかったが、階段までの道をうまく三人で塞いでいた。俺一人なら何とかなるかもしれないが、弱った女の子を連れて逃げるのは厳しそうだ。かといって、俺は武術ができるということもない。まして、相手は三人だ。肉弾戦では勝ち目はない。ここは、何とか言葉を使って、切り抜けるしかない。
「そういえば、あんた、藤原って言うんですね。あの時は名前聞けなかったんで、さっき聞いた時は驚きましたよ」
「へぇ、そこまで聞いていたのか、まったく、油断も隙もない少年だ、やはり、ただで返すわけにも行かないな」
次に俺は、藤原よりも右側に立っている彼女の教師である、細野を見て、声をかけた。
「あんたは細野先生ではないですか、いいんですか?教師がこんなことをしても、学校にバレたら大変ですよ?」
「ふん、犯罪ってのは、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
どっかで聞いたようなセリフだが、マジもんの犯罪者が言うと、インパクトが違った。
「いやいや、バレてますから、俺に」
「だったら、君には消えてもらうしかないね」
学校で見せていた、一見優しそうな顔とは比べ物にならないぐらいの、いかにも悪い奴というオーラが、滲み出ていた。
そしてもう一人、俺と同じぐらいの少年の方を俺は見た。長い前髪、黒いマスク、肥満気味の体形、そして、制服のようなスーツのような、やけにしっかりとした格好。見れば見るほど、他の二人に比べて違和感がある。クラスに一人はいる、何を考えているのか分からない系のやつだ。
「で、あんたは誰なんだ?」
「……」
少年は答えない。
「聞こえないのか?お前は誰だって聞いてんだよ!」
「……」
それでも少年は何も答えない。
「ちっ、もういいぜ」
今はこいつに何を言っても無駄みたいだ。
「じゃあ、あんた達が何で彼女を誘拐したのか、教えてもらおうか、何もなくて、こんなことするはずがないもんな?」
「簡単なことだ、俺たち三人が、彼女を自分のものにしたかったのさ」
想像以上に、最低の理由が返ってきた。
「お前、自分が何言ってんのかわかってんのか?」
正直、俺には理解できなかった。
「わかっているとも、わかってなきゃ、普通の人間が、こんなことするはずがないだろ?」
「お前らは普通の人間じゃねえよ、このクソ野郎ども」
自分でもはっきりとわかるぐらい、俺は怒りに燃えていた。
「クソ野郎とは、なかなか言ってくれるじゃないか、彼女は高校生だぞ?」
「おっさんが、高校生誘拐なんてどう考えてもクソ野郎じゃねえかよ、いい歳して何やってんだ!」
「ふん、聞きたいことはそれだけか?冥土の土産に、今なら、何でもこたえてやるぜ?」
「そりゃいいぜ、こっちには聞きたいことが山ほどあるんでな。だけど、俺はまだ死ぬわけにはいかない、まだまだやりたいことがたくさんあるし、彼女を助けなきゃならないんでな」
「そんな態度でいられるのも、今のうちだけだぜ?佐倉君?」
彼らは完全に勝利を確信している、それもそうだ。この状況で俺が勝てる可能性は万に一つもない。
だからここは、勝つことではなく、負けないことを考えるしかない。
「じゃあ、今のうちに色々と聞かせてもらいましょうか」
「何だ?」
「藤原さん、何であんたが嘘をついたのか教えてほしいんだ」
「俺の嘘?」
これは俺がどんなに考えてもわからなかったことだ。あの時のこの男の嘘の意味は何なのか。
「あんたは俺に嘘をついた、覚えてないか?」
「さぁ?何のことだかわからんな」
「忘れたってなら思い出させてやる。俺は彼女の捜査のために、松葉高校に一人でいったんだ」
「そういえば、そうだったかもね」
「その時、あんたは嘘をついた。事件のことは何も知らないと、そして、俺が呼んだ植田さんが来た途端に教職員は彼女のことを心配していると言った。あれは何でだ?」
「そんなことを覚えていたのか、それで、それを聞いてどうするつもりなんだ?」
「別にどうもしねぇよ。ただ、何で自分たちが不利になるような嘘をついたのかが気になってな。あの時、植田さんにも知らないと言っておけば、こうやって俺に疑われることもなかったんだぜ?」
「なるほど。確かにそうかもそれない。だが、私はあの時に感じたんだ。君はただの高校生ではないと」
ギクッ
俺の体がその言葉に強く反応した。
「へ、へぇ、なかなか面白そうなことをいうじゃないですか?どうしてそう思うんですか?」
確かに俺はただの高校生ではない。この世界には存在しないはずの人間だ。彼らにはどれほど知られているのだろう…、未来から来たことは流石に知らないとは思うが、俺が本来いないはずの人間だということを知られていては色々と面倒なことになってしまう。
「まず一つ目に、君は事件のことを知っていた。この事件は犯人である私を含め、限られた人物しか知らない。なぜなら、マスコミはこの事件を報道していないからだ」
「それが何だっていうんだ、俺は警察関係者だ。関係者なら知ってても不思議じゃないだろ?」
この時、俺は強い焦りを感じていた。
「確かにそうだ、そしてあの時君はこう言った。父が警視庁の刑事だと、そして、知り合いの警察官がもうすぐ来るからと」
「それが何だっていうんだ?」
「何故、父である刑事と一緒に捜査に来なかったんだ?」
「っ…、そ、それは……」
その問いに、俺はこたえられなかった。言われてみればそうだ。警察官の父がいるのに一緒に行動しないなんて、どう考えたって不自然だ。あの時の嘘ではないが偽りの設定が、相手に警戒心を与えてしまった。
「さらに言えば、何故お前の親父は警官でもない君を捜査に加えたんだ?そんな危険な行為、普通の父親ならしないと思うが?」
「……」
なんの言葉も出なかった。相手に言っていることに説得力がありすぎる。ぐうの音も出ないとは、こういうことを言うのだろうか。
「それだけ不自然な言葉化する君だ。こっちとしては、ただで返すわけにもいかなかったんだ」
「佐倉海斗君、君という人間を調べるためにね」
ドンッ
と銃弾のような言葉に、俺は撃たれたような感覚に襲われた。その後にこれは恐怖だと実感した。
怖い…、どこまで知られているのかわからない。俺はこの男を追い詰めるはずだった。なのに、今、俺は…
この男に追い詰められている。
俺は、甘く見ていたのかもしれない、いつも警察がどんなものと闘っているのかを、本当の犯罪者の恐ろしさを。
俺は後ろに一歩下がった。足の力が抜け、その場で立つことさえも、難しくなってきた。
グラっと体が傾いた。
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