第6話
八月三日
昨日、と言うか今日の早朝は疲れて思いっきり寝てしまったため、起きた時にはもう十時を過ぎていた。
「やべっ!」
俺は部屋を飛び出した。
そして職員の人に、
「佐倉海は戻っていますか?」
と聞いた。すると職員の人は、
「佐倉刑事からは三日後に戻るという連絡が入っております。面会者が来ているという連絡はしたのですが、どうしても捜査しなければならない事件があるということで…」
やはり、親父は一人で頑張っていた。だが、今は他に二人も味方がいるのだ。
俺はこのことを一刻も早く、親父に伝えたいのだ。
「そうですか…その事件って、もしかして、姫川朱音さんの誘拐事件についてだったりしますか?」
その瞬間、職員の人が目の色を変えた。
「な、なんでその事件のことを知っているんですか?」
この事件について知っているのは、警察関係者だけのはず…おそらく、そう思っているのだろう。
「詳しく話すことはできないのですが、僕はこの事件についていくつか知っていることがあります。それで、佐倉海さんにいくつか話したいことがあるんです。なので、この事を伝えておいてくれませんか?」
「あの、あなたは一体…」
「僕は佐倉海斗と言います。佐倉海とは遠い親戚なんです。とは言っても、会ったことはないんですけどね」
「そういうことじゃなくて、何であなたが事件について知っているんですか?」
そう思われるのは、当然だ。だが、これに関しては説明のしようがない。
しかも、これ以上自分が未来から来たと言って、変な噂が広がっても困る。そんなことになったら、きっと事件どころではなくなってしまうだろう。
「それについては、今は詳しく話すことはできないです。でも、いずれわかります。だから、お願いします。それまで待っていてくれませんか?」
職員の人は困った顔をしていたが、
「わかりました。人には言いたくないことも、言えないこともありますよね。
じゃあ、その時になったら教えてくださいね」
笑顔で、そう言ってくれた。そして、
「これ、何かの時に使ってください。もしかしたら役の立つかもしれませんから」
そう言って、小型ライトと発信器を渡してくれた。確かにこれはこれからの何かに使えるかも知れない。
「これはお守りです。頑張ってくださいね!」
「はい、ありがとうございます。あの、あなたの名前は?」
「私は、天野七香といいます。よろしければ覚えておいてください」
「七香さんですか。ありがとうございました。では、また会いましょう」
「はい。安心してください。佐倉刑事にはしっかり伝えておきますよ。連絡がつき次第、私からも連絡します」
なんでこの世界はこんなにもいい人ばかりなのだろう?
なんでこんなにいい人がいるのに姫川さんを助けられなかったのだろう?
そんなことを考えながら、俺はこのままではダメだと思い、自分なりに事件を調べてみることにした。
親父に会えるのはおそらく三日後。それまでに俺なりに事件を調べるのだ。
それだけが今の俺にできることだと思うから…
俺はまず、姫川朱音について調べることにした。
警視庁内にあった服に着替え、帽子やマスクなどの簡単な変装をして警視庁を出た。
向かった先は松葉高校、本来彼女が通っているはずの高校だ。現世では、俺が通っている高校でもある。
しかし、松葉高校に着いたはいいものの、警備員さんに止められて、中に入ることができなかった。なんで、私立でもないのに警備員さんなんているんだこの高校は…いらないだろ普通…
それもそのはず、変装をした高校生ぐらいの怪しい男をホイホイ学校に入れているとしたら大問題なのだ。さらに今は夏休みだ。基本的には学校内に誰かが入る事自体がおかしい。そう思うと、俺は少し安心した。
だが、このまま何もしないわけにもいかないので、俺は無線機で植田さんに連絡することにした。
ピー、ピーという通信音の後にガチャッという音がした。すると、
「もしもし海斗君?どうしたんだい?」
植田さんの元気な声がした。いつの間にかこの声に安心感を覚えている俺がいる。
「あ、植田さん。結局、佐倉刑事と会えるのは三日後ぐらいになりそうなので、それまで一緒に捜査しませんか?僕だけだと何もできなくて…」
「もちろんいいよ。あ、でも少し待っててくれるかな。もう少しで交番勤務終わりだからさ。それと、明日と明後日は勤務の日じゃないから、一日中協力できるよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「僕も誰かの命を救いたいからね。できることはするよ!」
この人のためにも、なんとしても姫川さんを救わなければならない。改めてそう思った。
「海斗君、今どこにいるの?」
「彼女が通っている松葉高校に来てます」
「松葉高校か、わかった。三時までには着けると思うよ」
「わかりました。校門前で待っています」
時計は二時、あと一時間は一人だ。一時間とは言っても二週間の中の一時間だ。無駄にすることはできない。
俺は植田さんからもらった姫川朱音の写真を持って、警備員さんに見せて、話を聞くことにした。
「すいません、この人知ってますよね?この学校の生徒の姫川朱音さんって人なんですが」
「ああ、見たことあるけど最近は見ないなぁ。いつも笑顔のいい子なんだけどさ」
「この人について知っている人っていますか?」
「職員なら知っていると思うけど、プライバシーのこともあるから僕からは言えないな。というか君はなんでその子のことを調べているんだい?」
確かにこれではただの不審者だ。ストーカーと言われても仕方がないだろう。
だが、ここで変なことを言えば、かえって怪しまれてしまう…
だから、詳しいことは言わずにありのままの事実を伝えることにした。
「僕は警察志望の佐倉海斗と言います。父が、警視庁に勤めている刑事なんです。それで、このことは、他言無用でお願いしたいのですが、実はその姫川さんはある事件に巻き込まれている可能性があるんです。学校に来ていないのもそれが理由なんです」
「事件?それは本当かい?一体どんな?」
「今は詳しく話すことはできないのですが、三時ぐらいになれば、知り合いの警察官が来ます。その時に詳しくお話しします、なのでその時に職員の方に姫川さんについて、いくつか教えていただきたいんです」
警備員さんは驚いたような表情をして、
「君が言ってることが本当だとしたら、学校に伝わっているはずだ。だけど、私を含めてそんな話は誰も聞いていない。だから事件については何も知らないから、話せないと思うよ?」
それはそうだ。学校に伝わっているなら、いくらこの世界でも、もう少しニュースなどで社会に広がっているはずだ。ましてや、この学校の職員である警備員さんが知らないはずがない。
「それでもいいんです、とにかく今は姫川朱音さんの情報が少しでも必要なんです。ご協力お願いします!」
俺は真剣に警備員さんの目を見て、深く、頭を下げた。
「わかったよ。その知り合いの警察官の人が来たら案内するよ」
「はい!ありがとうございます!」
「そう言えば、君は何歳なの?」
警備員さんは不思議そうな顔をして、急に話を変えてきた。
「えっ?いきなりなんですか?」
「いや、どう見ても学生に見えるからさ、その彼女と何か関係あるのかなって思ってさ…」
「あ、いや、別に関係はないんですけどね…。その知り合いの警察官の人から話を聞きまして、僕にも何かできないかなって思ったんです。これでも一応、警察官志望なんで」
「なるほど、そういうことか。頑張ってくれよ、未来の警察官くん!」
「はい!もちろんですよ」
警察志望というのは嘘なのだが、この世界ではそういう設定でいくことにした。
実際、この世界で出会った警察官は俺のことを信じてくれて、助けてくれたのだ。警察志望という設定は、はこの世界ではあながち嘘ではないんじゃないかとも思った。
「お待たせー!海斗君」
三時を少しだけ過ぎたあたりのところで、植田さんが学校にやってきた。警察官の格好のままで、こちらへ走ってくる。
「どうも、植田と言います。よろしくお願いいたします」
「こちらこそお願いします。教職員共々、姫川さんのことは心配しておりまして…」
「わかりました。中の方でお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「もちろんです。こちらへお入り下さい」
俺と植田さんは、警備員さんの後についていき、校内へと入っていった。
二〇年前とは言え、現在は俺が通っている高校だ。そこまでイメージが変わったとは思わなかった。現在と比べてかなり綺麗な気もするが…
その後、俺たちは面談室に案内され、何人かの教員と、話し合いをすることになった。
「それで、姫川朱音さんについて、聞かせていただけますか?」
「わかりました。我々にできることなら協力します。どうか朱音を助けてください」
その男教師は、彼女のことを下の名前で呼んでいた。
「私は、朱音の担任の、細野といいます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。姫川さんが学校に来なくなったのはいつ頃でしたか?」
「学校に来なくなったのは、七月の二十日ですかね。ですが、家には帰っていたそうです。両親から、家に帰って来ないと連絡があったのは二十四日の夜だったので…」
「本当ですか?」
事件が始まったのは二十四日、だが、その前に、家には帰っているが学校に来なかった数日間があったのだ。
「はい、うちの高校は、遅刻や欠席の連絡は親御さんには基本的にはしないので…」
確かに今でもうちの高校はそうだ。自由を尊重するためだとか、生徒の自立心を育てるとかで、学校での行為は、基本的には、親御関係には連絡されないのだ。
「ありがとうございます。では、彼女の学校での様子と、仲の良い友達を教えていただけますか?」
「彼女は基本的には物静かな優等生といった感じの生徒です。委員会活動などはあまりやらないのですが、成績は常にトップクラスでした。異性の友達と一緒にいることはあまりありませんが、いつも女子数人で集まっているって感じですかね」
「その数人の人達と合わせて頂くことはできますか?」
「いない子もいますが、部活動で学校にいる生徒なら大丈夫だと思いますよ。でも、彼女たちに事件のことは話していないので、そこだけはよろしくお願いしますね」
当然だ。友達がいなくなってそれが誘拐などと知ったら、普通の女子高生ならパニックを起こしてしまうだろう。教師としても、これ以上、生徒に心配をかけるわけにもいかないはずだ。
「もちろんです。安心してください」
そして俺たちは、姫川朱音の友人の一人である、バトミントン部の源望美に会いに行くことになった。残念なことに今学校にいる姫川朱音の友人は彼女だけだったのだ。
「おーい源!ちょっと良いか?」
「はい、なんですか先生?」
運動をしやすくするために髪をひとつにまとめた彼女が、こちらへ走ってきた。
「こんにちは、僕は姫川朱音の親戚の佐倉といいます」
「どうも、源です。朱音の親戚なんですね?」
「はい、でも最近学校に行かなくなったと彼女の両親から聞いたので、心配になって、今日来たってわけです」
「なるほど。確かにそうですね、七月の後半って夏休みも近いしテストもないんで、割とサボる人もいるんですけど、朱音はそういうのはしないタイプなので…」
「最近、彼女の周りで変わったことはありましたか?」
「いえ…、特にはなかったと思います。あ、でも告られたって言ってました。でも朱音は元から結構モテるんで、告られることも多かったし、変わったってわけでもなかったですけど…」
「なるほど、そうですか…」
「あの、朱音は、家には帰っているんですか?」
「帰ってはいます。でも、日中どこへ行っているのかが分からなかったので…」
「そうですか、すいませんお力になれず…朱音によろしくお伝えください。みんな待ってるからって」
「わかりました。時間をとっていただいて、ありがとうございました」
「そんなことないです。では、私はこれで…」
源望美と別れた後、俺たちは再び面談室に入った。
そして、衝撃的なことが告げられたのだった。
「実は姫川さんについて話すのは二度目なんですよね…」
「二度目?」
俺と植田さんの声が重なった。俺たち以外に姫川朱音のことを調べている人がいるのだろうか?いるとしたら親父ぐらいのはずだが、ここには来ていないはずだ。何故なら、親父の残した資料の中に、姫川朱音の学校についての資料は、一切書かれていなかったからだ。
「それはいつのことですか?」
「三日ほど前のことだったと思います。姫川さんが失踪したということは、彼女の両親と、我々教職員しか知らないはずだったので、驚きを隠せなかったのですが…」
「あの、その人の名前って覚えていますか?」
その後、その教員から告げられた名前は、俺がもっとも予想していて、もっとも予想外の人物だった。
「その人は、警察官の佐倉海と言っていました」
「あの警備員、犯人グループの協力者かもしれませんね」
植田さんは驚いたような声で、
「えっ?なんでそんなことがわかるんだい?」
「俺たちを案内してくれた警備員さんです。あの人は、俺が最初に尋ねた時は、事件のことを知らないって言っていたんです。私を含め、学校には知らされてないと…」
「えっ?でも、僕がいる時には…」
「そうです。あの警備員は、警察がきた途端に教職員が姫川朱音を心配していると言ったんです。おかしいと思いませんか?」
「確かにね、そして担任の先生が事件のことを知っていたということは」
「あの警備員は最初に嘘をついていたことになります」
おそらく、他にもほとんどの教員もこの事は知っているのだろう…だが、そうなるとひとつ、とても引っかかることがある。
「でもさ、もしそれなら、僕たちに事件のことなんて話すわけないんじゃないかな?僕たちは警察だ。犯人グループにとっては、一番知られたくないはずじゃないか」
そうなのだ。仮にあの担任が犯人グループの一人だったとしても、それを俺たちに言うメリットがない。一体何故なんだろうか…
残り時間は、あと十一日
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