第5話
八月二日
マンガ喫茶で目覚める朝というのは思ったよりも心地の良いものだった。ベットではないのだが、大きめのソファがとても気持ちよかった。俺は時計を見た。時刻は十時、俺は昨日決めたことを実行するためにマンガ喫茶を後にした。多分、現世に戻ったら、中々良かったのでまた行くことになるかもしれないが、この世界ではもう来ないと思う。
俺が一番に向かった場所は昨日行けなかった交番だった。だが、今日はちゃんとした作戦がある。かなり無謀な作戦ではあるのだが…
俺は交番に入るなり、警官にこう言った。
「僕を、警察官の佐倉海に会わせてください。お願いします!」
俺は親父の本名を出した。嘘や信じがたいことを言っても大人は信じてくれないことはわかっている。だから、嘘なしで正直に言うしかないと思ったのだ。
だが、その警官は首を傾げながら、
「なぜ会いたいんだい?君はその人とどういう関係なんだい?」
と聞いてきた。これは想定内だ。簡単に通してくれるはずがない。前言撤回、多少の嘘は必要だ。
「僕は、警察志望の佐倉海斗と言います。海さんは遠い親戚だと祖母から聞いていて、会いにきたんです。会うのは初めてなので海さんは僕のことは知らないと思いますが…」
「そう言われてもねぇ…」
中々警官は信じてくれなかった。このままでは埒が明かないと思ったので、俺は最終手段を使うことにした。
「わかりました。どうしても信じてくれないと言うなら僕にも考えがあります。あの、申し訳ないですけど少し前に出てくれませんか?」
「えっ、まあいいけど…」
警官が不思議な顔をして近づいてきた。
その瞬間、俺は思いっきりその警官の足を踏みつけた。警察への思いをぶつけるようにグリグリと。
「痛たたたっ!何をするんだ君は!」
突然のことに当然警官は驚いていた。
「これなら、公務執行妨害で、嫌でも警察署にいかなきゃですよね?さぁ、僕を連れていってください」
警官はしばらく呆気に取られていた。
だが、しばらくすると、ふっと微笑み、
「どうやら君は本気みたいだね。わかった、一緒に行こう。僕もその海って人は知らないけど、一緒に行けばなんとかなるだろう」
そう言って、俺に協力してくれることになった。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
正直、犯罪者のレッテルを貼られたまま父に会いに行くと思っていたので、状況はかなり有利なものに変わった。もし、そのままだったら出来ることも出来なくなる可能性もある。天かどうかは分からないが、運はこちらの向いていると見て間違い無いだろう。
俺はその警官と一緒に警視庁に向かった。親父の話によれば、当時の役職は巡査部長、この時期は毎日外に出て調査をしていたようだ。
俺は職員に尋ねた。
「あの、すいません。佐倉海という人は今いますか?」
「はい、佐倉刑事ですね。少々お待ちください」
そう言うと、無線機を使って連絡をしていた。そしてしばらくすると、
「申し訳ありません、佐倉刑事は現在外での任務中でして…」
「そうですか…どうしても彼に会わなければいけない用があるんです。いつ頃帰るかわかりますか?」
出来るだけ早く、親父に会わなければならない。
「今日中に一度戻るとは言っていましたが、わかりません」
「じゃあ、戻るまで、ここにいさせてくれませんか?」
俺は無理を承知で頼んだ。すると、一緒に来てくれた警官が、
「お願いします!私は知っています。この子は本気なんです!お願いします!」
一緒に頼んでくれたのだ。俺は初めて、警察に対して好意を感じた気がした。
「うーん、わかりました。こちらへ来てください」
同じ警官の頼みというのもあったのか、快くでは無いが、納得してくれた。
「あの、ありがとうございました」
俺は警官にお礼を言った。すると、警官は笑いながら、
「困っている人を助けるのが警察官の仕事だよ少年。まずは困っている人を信じて助けないとね!」
その割には交番の時は信じてくれなかった気がするのだけれど…
「君にはそんな警察官になってほしいな。僕はそういう警官になりたいんだけどなれなかったからさ」
そういえば、俺は警官志望だと言ったのだった。警官にも色々あるのだなと思いながらも、この人は最終的に俺を信じてくれことを思って、
「あなたは僕を信じてくれました。立派な警官だと思いますよ」
と、自分の思いを口にした。
「そう言ってもらえると、嬉しいな」
その警官が俺に見せた笑顔は、本当に嬉しそうだった。
そんなことを言っているうちに俺たちは、一つの部屋に案内された。
おそらく、客のための部屋だろう。ソファやテレビ、冷蔵庫などもあり、シャワールームに、泊まるためなのかベットも用意されていた。
「佐倉刑事が来るまでここで待機していただけますか?」
「わかりました。ありがとうございます」
職員の人は簡単な部屋の説明をすると、
「それでは、何かございましたらそちらの電話で連絡をしてください」
そう言って、職場の方へ戻っていった。
「あの、お巡りさん。この後って予定ありますか?」
「いや、交番には警視庁に行くと伝えてあるから、今日は特にもう無いかな」
「もし良ければ、少し話しませんか?僕、しばらく何も出来ないので…」
本音を言えば、誰かと話していないと不安なのだ。本当のことを言ったって信じてもらえないことはわかっている。だけど、それでも誰かと話していたかったのだ。
「わかった。いいよ、なんでも聞くぜ」
警官は快く了承してくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、少し話しましょう。あのお名前はなんていうんですか?お世話になったのに、まだ知らなくて」
「そう言えばまだだったね。僕は植田隆史っていうんだ。改めてよろしく!」
俺たちは握手をした。この世界で初めての握手だった。
「植田さんは、どうして警察官になったんですか?」
なんとなく気になっていた。警察官になぜなりたいのか。きっと、悪いやつを捕まえるとか、正義の味方だからという理由は小学生までの考えだろう。中学、高校、そして大学と進学した後に警察になろうと決めるには、きっとそれなりの理由があるはずだ。
だが、帰ってきた答えは衝撃的なものだった。
「実はね、僕は警察が大嫌いだったんだよ」
「えっ…」
「今でも嫌いだけど、特に高校生の時かな、警察が大嫌いだったんだよ。優秀だなんだと言われてるけど、嘘ばっかりつくし、助けられなかった命を本当は助けられたとか言うのが気に入らなかったんだ」
同じだった。この人は俺と全く同じ考えを持っていた。警察が嫌いなこともその理由も…
「でも、今は…」
「そう、だから僕は警察官になったんだよ。僕が、嘘をつかず、助けられる命は助けることができる警官になろうって」
「そうだったんですか…」
「でも、思ったよりうまくいかなくてね…助けられるかもしれない命を見つけることもできず、気づいたら事件は終わっててさ、本当、自分が無力だなぁって感じるんだよね。向いてなかったのかなって」
「植田さん…」
「だから、さっきの言葉がすごく嬉しかったんだ。立派な警官って言ってくれてさ、言われたのは初めてだったからさ」
明るい人だと思っていたが、実は複雑な思いをしている人だった。だからこそあの時に、本当に嬉しそうな顔をしたのだろう…
「植田さんは、これからどんな警官になりたいんですか?」
「えっ?これから?」
「はい、これからの植田さんです」
この人は俺を信じて、助けてくれた。だからこそ、このまま終わってほしくなかった。
「そうだねぇ、助けられる命ってやつを助けてみたいな。一度でいいから、助けられないような命を助けてみたい。これは僕が警察になった時から思っていたけど、今でも出来ていないことだからさ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思った。
この人なら信じてくれるのではないかと
そして、思いきって言うことにした。
「植田さん、もし目の前に救える命があったとしたら、どうしますか?」
「えっ?そりゃ救いたいけど…なんで?」
「じゃあ僕が二十年後の未来から来たって言ったらどうしますか?信じてくれますか?」
植田さんはしばらく驚いたような顔をした後に、
「未来かぁ…すぐに信じることは出来ないかな」
と、ゆっくりと言った。
「そう…ですよね…」
わかっていた。そう簡単に信じてもらえないことぐらいは…
「でもさっき君が言ってた救える命ってやつは僕に何かできるなら協力したいな」
「えっ…本当ですか?」
どこまでも不思議な人だった。俺の言った意味の分からない話をまたも信じてくれた。
「もちろん、未来から来たって言っても信じられないけど、君が嘘をついているとは思っていないよ。だって僕は、海斗君、君にとっての立派は警官だからね」
植田さんはこの日一番の笑顔を俺に見せてくれた。
「じゃあ、海斗君、話してくれるかな?その救える命ってやつをさ」
「はい。わかりました」
俺はあの事件のことを親父よりも先に、この人に話すことにした。
「植田さん、僕が未来から来たと仮定して話を聞いてください」
「わかったよ」
「実は、佐倉海は僕の父親なんです。それで、父が解決出来なかった事件を解決するために、僕は二十年後の未来からやってきました」
正義の味方のようなセリフを言うのはあまりいいものではない…
「姫川朱音という女子高生を知っていますか?」
「それって、今誘拐されてるっていう女子高生?」
意外なことに植田さんは姫川朱音を知っていた。
「はい、そうです。しかし本来の歴史では事件は解決されず、姫川朱音は八月二十六日に亡くなって発見されます。俺はなんとしてもこの人を助けて、歴史を変えなければならないんです」
「姫川さんの事件は表に出していないのに君が知っているってことは、君は本当に未来からきたみたいだね。僕は信じるよ」
その言葉に安心と喜びを感じながら、俺は話を続けた。
「でも、この事件について当時、つまり今調べているのは佐倉海ただ一人なんです。だから、一人でも多くの協力者が必要なんです」
俺は当時父が調べた資料をバックから取り出し、机の上に置いた。
「これは、父が一人で調べた情報です。でも、犯人にたどり着くには情報がこれだけでは足りないんです。何か、この事件について知っていることはありませんか?」
植田さんは、しばらく資料をみた後に、何かを思いついたように立ち上がると、「ちょっと待ってて、もしかしたら手がかりになるかもしれないものが一つだけあるよ!」
そう言って、部屋を飛び出していった。
俺は時計を見た。時刻は二十二時三十分。もうそろそろ二日目が終ろうとしていた。
そういえば、今日中に戻る予定だった親父はまだなのだろうか?そろそろ来てもおかしくないはずだ。
「お待たせー!」
来たのは親父ではなく、植田さんだった。
「ほらこれ!その姫川さんの写真だよ。その資料、どこにも写真とかなかったからさ」
俺は思わず、資料を見直した。そこには植田さんのいう通り、一枚も写真がなかったのである。あの時は警察への気持ちのせいで冷静になれていなかった。
あの資料を見た時の違和感の正体はこれだったのだと実感した。
「あ、ありがとうございます!」
これはかなり助かった。正直、姫川朱音という人がどんな人かわかっていなかったから。そう思いながら俺は写真を見た。
「き、綺麗な人ですね…」
事件の被害者に対してこんなことは言ってはいけないとわかっていた。
それでも、思わず声に出てしまったのだ。それほどこの姫川朱音という女の子は写真だけでもわかるほどに可愛らしい魅力を持っていた。
「へーっ、海斗君も男の子だねぇ」
植田さんがニヤニヤしながら、こっちを見てきた。
「なっ!そんなんじゃないですよ!」
俺は否定したが、前に鏡があったので、顔が赤くなっているのは自分でも明らかだった…
「実はその子、前交番に来たことがあるんだよ。落とし物を拾ったからって。その写真はその時に撮ったものだったんだよ。だからショックだったんだよ。今回誘拐事件になったって聞いてさ、僕はただの交番勤務だから、捜査には参加できないしさ…」
「植田さん…」
この人も姫川さんを救おうとしている。だからこのまま歴史通りになってしまえば、この人も深く傷つくことになるだろう。それはなんとしても回避しなければならない。
「だけど、君ならなんとかできるかもしれない。君なら、彼女と君の父親と僕の未来を変えられるかもしれない」
その言葉に、俺は強く返した。
「任せてください!必ず変えてみせます!みんなの未来を」
すると、植田さんはポケットから何かを取り出した。
「これ、君に渡しておくよ」
植田さんが渡してきたのは無線機だった。かなり小型で、片方だけイヤホンがついているタイプだ。
「あの、これは?」
「見ての通り、無線機だよ。海斗君とは連絡手段がないと思ったから持ってきたんだ。その無線機は僕の無線機にしかつながらないけど、ある程度離れていても通信できるんだ。これでさ、事件解決までの間、連絡をとりあわないかい?」
俺にとって、これ以上ないくらいものすごくいい提案だった。
「はい!もちろんです!」
「さっきも言ったけど、僕はただの交番勤務だから裏方としてのサポートしかできない。だから君は佐倉刑事と協力して、犯人を追ってくれ。僕は姫川朱音やその周りについて調べてこの無線機で君に連絡する。だから、事件が解決するまでこの無線機をつけておいて欲しい。もちろん、緊急事態には駆けつけるよ。無線機の横にカバーのついている赤いボタンがあるでしょ?」
俺は無線機を見た。横には透明のカバーがかかっている赤いボタンがついていた。
「それは緊急事態の時に押してくれ。その無線機には発信器がついているから、それを頼りに、すぐに駆けつけるからさ」
驚くべきことにこの発信器には、どこかの探偵マンガで見たような気がする機能がついていた。
「ありがとうございます。大切に使わしてもらいますね」
そう言って俺は、早速無線機を腰のベルトに着けると、左耳にイヤホンを装着した。
「じゃあ、とりあえず僕、今日は帰るよ」
植田さんは言った。時刻は十二時半、いつの間にか次の日になっていた。
約束よりも長い時間、植田さんを付き合わせてしまっていた。
「あ、すいません!こんなに遅くまで…」
「いいんだよ、明日から僕たちで捜査、頑張ろうね!」
「それと、僕のことは誰にも言わないでいただけますか?」
「うん。わかってるよ」
そう言うと、植田さんは部屋を出て行った。
俺も相当疲れが溜まっていたのか、植田さんを見送った後はベットに倒れ込んだ。結局、親父はこなかったが、俺は今日あったことをいろいろ思い返しながら眠ることにした。
親父よりも先に協力者が見つかった、姫川朱音について、少しだけ知ることができた。
残された時間は残り十二日
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