第12話

何帰ろうとしてんだよ」

そこには、さっきまで何も喋らなかった、若い男が、こちらを睨むようにしていた。

「あんた、生きてたのか」

「彼女を返してもらおうか」

細野と違って、こいつは軽い挑発にはびくともしない。

「返すって、彼女はお前のもんじゃねぇだろ?」

「いや、彼女は僕のオモチャだ」

真顔でとんでもないことを言ってきた。エロ漫画とかでしか、こんなセリフは聞いたことがない。

「あんた、今、とんでもないこと言ってるって自覚はあんのか?」

「ない。僕は正しいことを言っている」

どうやら相当頭がおかしいようだ。

「そうか、だが、一つ言わしてもらう。お前は何一つとして、正しいことはしていないぞ」

「何だと?」

「まず、人をオモチャにするって考えが間違っている。彼女は一人の人間だ。誰ものもでもない。彼女のことは彼女にしか決められないんだ」

「佐倉さん…」

俺には彼女の姿は見えないが、きっと笑顔なんだと思う。少しだけ、俺の周りの空気が軽いような、不思議な感覚がある。

「そして、犯罪を犯すことが間違っている。どんな理由があっても、犯罪はやってはいけないことだ。お前だって、小さい頃に、母親からそう教わっているはずだ」

「……」

「どうだ?僕は正しいことを言っている?ふざけるな!何だ正しいことだ!もしお前の行動に正しいことがあるなら言ってみろ!」

「うるさい!何が正しいだ。そんなものあるものか!」

「何だと?」

「正しい行動って何だ?ルールか?そんなくだらないものに縛られるなんてもうごめんなんだよ!」

「何が言いたい?」

「これが僕にとっての正しさなんだ。誰かの決めたルールとか、そんなものに縛られることなく、自分の生きたいように生きる。僕のルールは僕が決めるんだよ!」

「話にならねぇバカ野郎だな、だいたい、お前、誰だ?」

いきなり喋り出したので、忘れていたが、俺はこいつの名前をまだ聞いていなかった。

「僕の名前は山崎葉太。松葉高校の二年生だ」

「何?」

見た目が若いとは思っていたが、まさか同学年だとは思わなかった。しかも松葉高校の生徒ってことは、姫川朱音とも同級生ってことになる。

「姫川さん、あいつのこと知ってます?」

「はい、同じクラスだったので」

「仲が良かったんですか?」

「いえ、話したことはなかったんですけど、この前、いきなり告白されて…、断ったんですけど、僕は諦めないとか言ってきて…」

その瞬間、俺は察した。

「お前、まさか振られたからこんなことをしたのか?」

「だったら何だっていうんだ?」

「ふざけんのも程々にしとけよ、どういうつもりだ?」

「彼女が悪いんだ!彼女が僕のものにならないから!僕の告白を断るのが悪いんだ!」

「てめぇ、本当にふざけんじゃねぇ!」

ドカッ!

気づいた時、俺は山崎を殴り飛ばしていた。自分でも信じられないぐらいの力がのった渾身のパンチは、見事に山崎の顔に命中した。

「ぎゃああああああ!」

コンクリートの床に滑り込むように山崎が倒れる。

「僕のものにならない彼女が悪い?いい加減にしやがれ!お前、一体どんな育ち方をしたらそういう考えにたどり着くんだ?」

「僕は欲しいものは全部手に入れてきた!それが当たり前なんだ!僕の言うことが全てなんだ!」

起き上がりながら、山崎はまた意味不明なことを言ってきた。

「どこのおぼっちゃんだお前は、随分とパパとママに甘やかされて育ったみたいだな。立て!俺が常識ってのを教えてやるよ」

そろそろ俺も堪忍袋の尾が切れそうになってきた。

「うるさい!さっきからお前は偉そうに!何なんだよお前は!」

ドンッ!

山崎は俺に向かって、思いっきり体当たりをしてきた。デブなだけあって体重の乗った体当たりは想像以上にパワーがある。

「ぐおっ!」

ドサッとその場に倒される。クラスで一番デカい奴より体重あるんじゃないかこいつ?

「部外者は黙ってろ!これは僕と彼女の問題なんだ!」

「いいや、黙らないね!お前は振られたんだ。その時点で、もうお前と彼女の関係は終わっているんだよ」

「うるさい!僕は彼女が好きなんだ!ほっといてくれよ!」

「じゃあ、何でこんなことをしたんだ?」

「何?」

「本当に好きなら、こんなことはしないだろ。好きな人が傷ついて、苦しむ、そんなのは俺にはとても耐えられない。世界を変えてでもその好きになった人を救おうとするはずだ」

「佐倉さん…」

実際、歴史を変えてまで彼女を救いにきている俺が言うと説得力が違うはずなんだが、このことは誰も知らないので、ただの痛いセリフみたいになってしまっている。今日はきっと、恥ずかしくて眠れないだろう…

「だが、お前は犯罪を犯した。一人の女の子を誘拐し、心と体に深い傷をつけた。それともそれが、お前にとっての好きの伝え方なのか?」

「……」

「だったらそれは間違ってる、俺が知る限り、一部の変態を除けば、傷つけられて喜ぶ女の子なんていない。しかもその一部の変態だって、特別な人にしか傷つけられたって喜ばない」

「でも、僕は…!」

「彼女は!」

山崎の言葉を遮るように、俺は続けた。

「少なくとも彼女の特別な人はお前じゃない。俺はまだ彼女のことは知らない、もしかしたら、もしかしたら彼女はその一部の変態かもしれない」

「違います!」

彼女は慌てて否定した。

「わかってます。冗談ですよ」

「真面目なトーンで冗談いうのやめてくださいよ」

「あ、はい、すいません…」

だんだんと、彼女は本来の彼女を取り戻してきたのかもしれない、と思うぐらい、さっきよりも今の彼女には人間らしさを感じた。

「たとえ、彼女がどんな人間であろうと、傷つけることは間違っている。お前はそれさえもわかっていなかった、そんな奴が、誰かの特別な人になんて、なれるわけがないだろ」

「僕は、彼女の特別な人になれない?」

「ああそうだ、お前は彼女のためじゃなく、自分のために彼女を傷つけた。これは、きっと彼女にとって一生忘れられない記憶になる。お前はその記憶を作ってしまったんだ」

「でも、僕は彼女を僕のものにしたいんだ、何でそれをわかってくれないんだ!どうして?」

「お前の意思は関係ない!」

「…っ」

「好きな人を自分のものにしたい、それは当たり前だ。好きになったら、その人をもっと知りたくなる、もっとそばにいたいって思う。その人と、一緒に生きていきたくなる」

「それなら…」

「だけど、それはその人も同じ気持ちなんだ。その人も、好きな人と一緒に生きたいと思ってる。他の誰でもない。その人にとっての好きな人と」

「……」

「俺の知り合いにも、好きなひとにL I…、いや、メールを送ったのに返ってこないって奴がいたんだ。それはそうだ、だって、その子には別に好きな人がいたんだから。その子だって必死だった。恋愛ってのは残酷なんだ…」

「残酷…」

「でも、だからこそ、恋が叶った時はその分、本当に嬉しくて、幸せな気持ちになれる、らしい…」

カッコつけて、どっかの本で読んだフレーズを言ってるみたいになっているが、本当かどうかはわからない…俺はこれまで一度も本気の恋愛をしたことがないからだ。

でも、彼女の、姫川朱音のためなら、俺は本気になれる。そんな気がした。

「だから、お前は罪を償って、他の誰かの特別な人になれるように努力しろ。それが、自分のために人を傷つけた、お前にできる、せめてもの罪滅ぼしだ。そして、もう彼女には関わるんじゃねぇ」

「……」

「行きましょう、姫川さん。帰りましょう」

「は、はい」

「ま、待ってくれ!」

振り返ると、そこには涙を流して、立っている山崎がいた。

「何だ?まだ何かあるのか?」

「違う!お前じゃない、姫川に話があるんだ」

「あいつと、話せますか?無理なら断っていいんですよ?」

「……」

「姫川さん?」

「あ、す、すいません…話せます…」

一瞬、彼女の顔が変わった気がした。

まるで、話すことを強制されているような、何かに脅されているような顔だった。

「な、何ですか?」

「僕は、諦めません…!」

「お前、この期に及んでまだ言うのか!」

「しかも、僕、もっていますから」

もっている?一体何のことだろうか?

「はい…」

「お前、彼女を脅してるんじゃないだろうな?」

「な、何のことだ?」

誘拐犯などは、必ず、相手の弱みとなるものを握り、警察にバラしたらこれをばら撒く、といった手口が多い。それなら、こいつも、姫川朱音の弱みを握っている可能性がある。

「もしお前が彼女の弱みを握ってたりしたら、殺してで奪い取ってやるから覚悟しとけよ?」

「に、握ってないっすよ…」

「本当に、大丈夫ですか?姫川さん?」

念のため、彼女にも確認をしておく。犯罪者の言葉は、基本的に信じないと親父は言っていた。

「は、はい…大丈夫です」

「そうですか…」

間違いない、彼女は何かを隠している。それもここでは言えない何かを…

それをここで聞いても仕方がないなら、こいつらを捕まえた後に解決すればいい。

とにかく今はここから出ることが先決だ。

「じゃあな、今の俺にお前たちを捕まえることはできないが、明日になれば警察も来る」

「け、警察?」

「聞いてただろ?俺は親父が警察官で、知り合いの警官だっている。事情を話せばすぐに駆けつけてくれるだろ、被害者もいるしな」

「そ、そんな…」

「お前らの悪事もここまでって事だ」

「待ってくれ!警察には」

「悪いな、俺には時間がないんだ」

未来に戻るタイムリミットは刻々と迫ってきている。無駄な時間はとっていられない。

立ち尽くす山崎を背にして、俺は彼女を連れて、倉庫を出るため、階段の方に歩いた。

すると、次の瞬間、頭に強い衝撃が走った。

ゴンッ!

と言う鈍い音が頭の中に響き、俺の体が、地面に吸い込まれるように倒れ込んだ。

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