第14話

こんなに強くて優しい女の子を、俺は知らなかった。その魅力に、こんな状況なのに俺は、すっかりとりつかれてしまった。

だから、あんな自分勝手なお願いをした。

好きな人が傷つけたくない、傷ついたところを見たくない。

そして、これ以上、傷付けさせないために、今は、やるしかないのだ。

「わかりました、頑張ってみます。それで、佐倉さんはどうするんですか?さっき、飛び降りるって言ってましたけど…」

「俺は、あいつらに死んだと思わせます」

「えっ?」

「知ってるかもしれませんが、この倉庫の裏には川が流れています。そこに俺は、あいつらの目の前で、倉庫の上の階から飛び降ります」

「そんな!それじゃ本当に死んじゃいます!」

「大丈夫です」

俺は、万が一、こうなった時のために、昼に川の深さを調べておいたのだ。

「この川は、水が合流するポイントだけ、水が深くなっているところがあるんです。そこにうまく落ちることができれば、死ぬことはないです」

「そんな危険な…」

「これしかないんです。あいつらは俺が死んだと思えば、警察もしばらくは来ないと油断し、隙ができる。そこを狙う。これしかないんです」

「でも…」

「お願いします。これが最後のチャンスなんです。しかもここで俺があいつらに捕まったりしたら、元も子もないんです。だから…!」

言いかけた時に、彼女の指が、俺の口を塞いだ。

「んぐっ…?」

「わかりました。でも、これだけ私と約束してください」

「な、何ですか?」

「笑顔で、助けに来てください!」

「へっ?」

「私、今日だけで、あなたの色んな表情を見ました。そして、さっき、暗闇の中で、あなたの笑顔が見えた気がするんです。何でかはよくわからないですけど…」

この人は、感じてくれていた。俺の笑顔を…

「私、明るいところで見てみたくなったんです。あなたの笑顔を、だから、約束してください。笑顔で助けに来るって」

ポタッ…

何かが、地面に落ちた気がした。

涙だ。

俺の涙だ。

「はい…、やく、ぞく…します…」

俺は素早く涙をぬぐった。

「お互い、頑張りましょうね!」

「はい!」

いつの間にか、立場が逆転している気がする、強くて優しい女の子ってのは恐ろしいな…


「もう観念して出てきやがれー!」

藤原の声だ。

「おう!出てきてやるぜ!俺はここだ!」

思いっきり叫んだ。そして、天野さんからもらった小型ライトを付け、自分の場所をはっきりと伝えた。

「ふっ、とうとう観念したか」

「ああ、勝ち目はなさそうだしな」

「そうかそうか、よし、上に登れ」

予想通り、あいつらは俺たちを上に上がらせた。

「もういいぞ、細野!登ってこい!」

「了解!」

俺の前に、再び三人が立ちはだかる。

「さて、朱子ちゃんを渡してもらおうか?」

「渡したら、俺をどうするんだ?」

「決まってんだろ?ぶっ殺すんだよ!」

「だろうな、だが悪い、それは無理だ」

「何ぃ?何故だ?」

「お前らに殺されるぐらいなら、俺はここから飛び降りて死ぬからな」

俺は窓を開け、ふちに足をかける。

「お前、正気か?」

藤原の顔は馬鹿を見るような顔だ。

「犯罪犯してる奴よりは正気だと思うぜ」

「ふざけやがって!飛べるもんなら飛んでみろ!」

「もちろんだ、やってやるぜ!」

そう言って、俺は彼女から手を離す。

「彼女は必ず取り戻す。だから、手ぇ出すんじゃねえぞ?」

「今から死ぬ奴が何言ってやがる!」

「化けてでも出てきてやる、覚悟してやがれ」

「この野郎、最後まで…、行け!山崎!奴を突き落としてこい!」

「わかった。死ねぇー!」

手を突き出し、全速力で山崎が突っ込んでくる。

「いいか、次会った時にはボコボコにしてやるからなぁ!」

バッ!

思いっきりふちを蹴り、俺は川に向かって飛び込んだ。

「朱音―!待ってろよー!」

初めて彼女を下の名前で呼んだ。飛び降りながら…

これが最後にならないことを祈って…


「佐倉さーん!」

「あいつ、マジか…」

「死んだな」

多分こんなことをあいつらは言っているのだろう。

ドッボーン!!!!!

凄まじい音と衝撃が、俺の体に響き渡る。そしてその瞬間、俺の意識は、なくなっていった…

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