第27話 共犯者になってくれる? 愛理さん
「どう……と、言われてもね。僕は、保護者としての愛情を持ってるとしか言いようがないよ」
どうしても、愛理さんがあの時の赤川真理子さんと重なって見える。
愛理さんは、彼女ほどには強くないけれども。
「由希子は、伸也さんのことを好きなのに……」
「うん。本人も、そう言っていたね」
愛理さんは、信じられないって顔で僕を見た。
何でも無いように言う、僕の態度が気に入らなかったのだろう。
「私、あなたが嫌いだわ。
なんで由希子の想いに応えてあげないんですか」
少し怒った感じがする。
「応えてるよ。僕も好きだよって」
愛理さんの問いに、僕は平然と答えた。
「由希子の想いを無かった事にしないで」
やれやれ、愛理さんはもう少し大人になっていると、思っていたのだけど……。
「あるも無いも、娘の『パパ大好き』には、そう応えるしか無いのだけれどね」
愛理さんは、僕のことをジッと見ていた。
「安全な大人に疑似恋愛してるだけだよ。通っているのが女子校ならなおさらね。
君もそう。女性ばかりの狭い空間での疑似恋愛だ。由希子さんが好きだなんてね」
「私の想いまで、否定しないでくれます?」
「それは、失礼。
だけど、なんで君が由希子さんの気持ちを代弁しているんだい?」
「それは……」
愛理さんが言葉に詰まった。
「僕が、ちゃんと由希子さんを振らないと、自分の方を向いてもらえないから?」
「そんなこと無い。そんなこと考えて私はここに来たんじゃ」
気持ちが揺らいでるね。多分、そんな打算もあったのだろう、愛理さんの心の内には。
「道ならぬ道は、苦しいだけだよ」
「伸也さんには、関係無いです」
愛理さんは、睨むようにして言う。
「うん。関係無い。最初から君とは赤の他人だからね。
でも、良いじゃ無いか。僕らの頃なんて、異性同性以前に家が認めない関係は全て『道ならぬ道』だったからね。
さっきのは、経験者からの助言だよ」
「そうですか。それは、どうも」
「これから君たちが学校を卒業して、広い世界を見ても、気持ちが変わらないのなら……。そして、由希子さんも君のことを好きになっていたら、僕が反対する理由は無いよ。
僕じゃ無くても、もっと理解者も増えるかも知れない。
それを、今しかないなんて子供じみたこと言うから、子どもの戯れ言扱いされるんだよ」
「由希子の想いも、先になったら叶うかも知れないって事ですか?」
僕は、愛理さんに穏やかに言う。もう、風化しそうな想いだけど。
「僕にはねぇ。想い人がいるんだ。ずっと愛しくて、ずっと憎くて……君たちのように綺麗な気持ちでは、もう想えない。そんな人がね」
そう、僕は千代さんを愛しいと想う気持ちと、疑念を抱いて憎んでしまいそうになる気持ちの中で、死ななければならなくなってしまった。
愛理さんは、少し驚いた様に僕を見ていた。
僕は椅子から立ち上がり
「悪いんだけど、三階まで付き合ってくれるかな」
そう言って、サロンを出て階段を上る。
愛理さんは、一瞬躊躇したようだけど、素直に僕について三階まで上がって来た。
そして、部屋の入り口の付近で立ち止まる。
愛理さんの目線は、ベッドに向いていた。
「どうぞ。入って良いよ」
そう、促しても愛理さんの足は止まったままだった。
「警戒しなくても、何もしないよ」
「……それ、遺体……ですよね。伸也さん、そっくりの」
「そっくりも何も、僕なんだけどね」
反射的に……本当に、そんな感じで愛理さんは僕を見た。
「不思議だろう? 百年くらい経ってるのに綺麗なままで、しかも本当の遺体はちゃんと墓に入っている」
「百年……」
「うん。僕はね、もう死んでしまっているんだ」
「なんで……私をここに連れて来たんですか?」
僕を睨み付けている。身体は、少しふるえているかな? 愛理さんは本当に強いね。
「さっきも、言ったけど何もしないよ。ただ、共犯者になって貰おうと思ってね。
僕のこの状況を見て貰うのが一番早いと思ったんだ」
僕は、愛理さんを見てニッコリ笑った。
「共犯って」
「僕は、もともと由希子さんが自立するまでの間ここにいるだけの存在なんだ。
庭の花があるだろう? もう、ずいぶん寂しくなっているけど」
「ええ。私たちが高等科に上がった頃から、花びらが舞ってましたね」
愛理さんはそれを普通の事だと思って敢えて言わなかったのだろう。
「どういう仕組みか分からないのだけど、あの花がある間しか僕はここに居られない。だから、愛理さん。ここを出るときと、ここを出た後の由希子さんの事を頼めるかな」
愛理さんは、驚いたような顔をしている。
「具体的には、ここを出るときにもう二度と僕に会えないという事を、気付かせないで欲しい。
そして、僕が居なくなった後ここに来ても、風化した洋館が残っているだけだ。
その時の、由希子さんのフォローをして欲しいんだ」
そして、愛理さんは恨めしそうに僕を見ていった。
「私の気持ちを知っていて、そんなことを頼むんですか?」
「うん。僕はずるいからね……。頼めるかな?」
にこやかに言う僕に、愛理さんは溜息を吐いていう。
「私、やっぱり伸也さんの事嫌いだわ」
「そう? それは奇遇だ。僕も嫌いだよ。
君は恋愛感情があっても、そうでなくても未来の由希子さんを見ていられるからね。羨ましくて、好きになれない」
眩しそうに愛理さんを見て僕はそう言った。
僕は、自由な君が……いや、君たちが愛おしくて、そして嫌いだった。
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