第28話 由希子さんの旅立ち、そして……
「由希子さん。忘れ物は無い? パスポートは?
貴重品は肌身離さず付けているんだよ」
僕は由希子さんに最終確認をするように、促していた。
由希子さんは、無事に受験した全ての大学に合格し、条件に出されていた広告塔の役割もしっかり果たしていた。
こっちの大学で二ヶ月間手続きに費やし、六月の頭に出発する事になった。向こうの大学が休みの間に語学留学をしてから入学するらしい。まぁ、レポート等英語で書けないとお話にならないからね。
そして、今日は大学に行く為アメリカに旅立つ。
「大丈夫だって、心配性だね。こっちに残ろうか? 私」
溜息を吐きつつも、にこやかに由希子さんは言う。
「いやいや、行ってください。僕のことは気にせずに……」
由希子さんは、ふと庭を見て
「随分と寂しくなったね。この庭も……。何か植えないの?」
と言ってきた。
「う~ん。そうだねぇ」
もう、ほとんど花は無くなっていた。枯れていくのでは無く、花びらが舞う度に、消えていくのだ。
本当に、どういう仕組みなのかわからない。
「由希子、そろそろ行くよ」
愛理さんが、タクシーの中で待っている。
僕はもう空港に送っていく体力は残っていなかった。
由希子さんと、タクシーのところまで行く。
タクシーの運転手が大きな荷物は、後ろのトランクに積んでくれていた。
由希子さんがタクシーに乗り込んでいる間に、愛理さんに言った。
「じゃあ、よろしくね。愛理さん」
愛理さんは、仕方無いわねって、感じで
「任せといてください。伸也さん」
お互い、さようならは言わなかった。
これが最後だと、由希子さんは知らないから……。
由希子さんの笑顔を残して、タクシーが出て行く。
由希子さんに、出逢ってから本当に色々なことを思い返していた。
良いことも、悪いことも……。
千代さんに似た風貌を持つ由希子さんのおかげで、僕が何を間違って何をしでかしてしまったのか、分かったような気がするよ。
なんだか、もう限界だ。
千代さん、僕らの
もう良いよね。眠ってしまっても……。
僕の背後で、ザーッと風が舞う。花の香りがむせ返るようだ。
その気配に驚き、思わず僕は門をくぐり庭に入っていった。
そこには、一面の花々が咲き乱れる見慣れた庭がある。
その中に、矢がすりの着物に袴姿。長い黒髪の上の方に、大きな赤いリボンを付けた、ハイカラさんと呼ばれる姿の女性が佇んでいた。
僕が近付くと、ゆっくり振り返る。
「綺麗ね」
彼女……千代さんは、そう言って微笑んだ。
「千代さん」
色々、言いたいことはあったのに、名前を呼ぶのが精一杯だった。
一時期、疑心暗鬼になって憎しみさえ覚えていた心が溶けてしまって、愛しさしか残らない。
僕はらしからぬ緊張を覚えながら千代さんを誘う。
「中でお茶でも飲んでいかないかい?」
千代さんは、警戒することも無く、僕の腕に手をまわしてきた。
「カモミールティーはあるかしら?」
「もちろん。クッキーや、シフォンケーキもあるよ」
「嬉しいわ。私の好きなもの覚えていてくれたのね」
「そりゃ……千代さんのことだからね」
僕らは笑い合い、寄り添って、洋館の中に入っていった。
そして、ひときわ強く風が吹き、花びらが視界を奪うように舞う。
そこには、手入れされていない庭と、風化した洋館がただあるのみ……。
おしまい
読んで頂いた方には、感謝しか有りません。
明日からの更新は、この話の元になる伸也と千代のお話です。
よろしくお願いします。
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