第9話 夏の午後

 夏休み……と言っても、最近の学校は補習があって中々お休みにならないらしい。この暑い中、由希子さん達は毎日中学に通っている。

 最初は、由希子さんのために入れたクーラーにすっかり僕も馴染んでしまった。


「ただいまぁ~」

 お昼間、そろそろ由希子さんが帰ってくると思って、クーラーを入れてた。

「おかえり。暑かったろ? あれ?」

「こんにちは。お久しぶりッス、伸也さん」

 てへへって感じで、由希子さんの後ろから里沙さんが入って来た。


 お昼にと思って用意していたそうめんをゆでて、僕らは三人で食べている。

 なんか、由希子さんの友達もすっかり家族同様になってしまった。

「随分と久しぶりだね。元気だった? 里沙さん」

「うん、元気。それでね、私、伸也さんにお礼言いに来たんだ」

「お礼」

 お礼言われるようなこと、何かしたっけ? 


「前さ。進路のこと、ここで愚痴ったでしょ? あの時、伸也さんに親を説得しろって言われて、ああ、伸也さんも親側の人間なんだってカチンと来て……」

 あっ、やっぱりそう思われてたか。まぁ、親側の人間なんだけどね、僕は。

「でも、時間置いてちゃんと考えたら、お金出してくれてるのも、勉強出来る環境与えてくれているのも、確かに親なんだよね」

「説得した? それとも……」

「頑張ったよ。私、すごく頑張って説得したら……。

 良いって、自分の行きたい進路に行って良いって」

 へぇ~、説得したんだ。

「良かったじゃない。すごいねぇ、よく頑張った」

「うん。春から今までかかったけどね」

 へへって感じで笑っているけど、すごいよ、里沙さんは。

 僕も、そうすれば良かったんだ……と胸が痛くなる。

 何もせず、千代さんに引き摺られるように行動して……僕は、最初から何もかも諦めてたから。



「……だよね」

「え? 何?」

「もう。伸也さん、聞いてなかったの? 早苗、最近何か様子おかしくない?」

 ああ、ボーッとしてしまっていた。早苗さん?

「早苗さんは……そうだね。最近っていっても、週末にしか来てないからなぁ。

 里沙さんが来なくなってから、お菓子を沢山作っても、誰も大量消費してくれなくてねぇ」

「悪かったわね。大量消費しまくって」

「良いよ、別に。作りがいがあるからねぇ。美味しそうに食べてくれると……」

 え……と、あれ? そういえば、早苗さん。

「そういえば、お菓子のにおいで気分悪くなってなかった?」

 僕が言うより先に、由希子さんが気付いた。単に夏バテなら良いけど……。

「今日も早退してたでしょう? 具合悪いのかな……」

「ここのところ、急に暑くなったからねぇ。体調も悪くなるよ」

 単なる憶測を子どもに言うわけにもいかず、僕は無難な言葉を選んだ。


「最近、牧野とべったりくっついてるんだよね。早苗」

 里沙さんが、ボソッと言う。

「あ~、そうそう。牧野の方も、何だかんだ用事作って早苗にさせてるよね」

 由希子さんも里沙さんの話に乗って言い出した。

 友達同士話し出したので、食器を片付けて部屋に戻ろうかとも思ったんだけど、少し気になる。

「牧野って?」

 つい話に口を挟んでしまった。

「うちの新任教師。現国の……。いくつだっけ、二十三? 四になったんだっけ? なんか、一部の女子が誕生日がどうのってさわいでた」

「そうそう、何気に顔良いから人気あるんだよね。

 早苗、最近牧野にかまわれてるから少しやっかまれてる」


「先生? 男性の? 由希子さんも好きなの?」

 由希子さんは、僕のセリフに一瞬キョトンとして、ニッコリ笑って腕に抱きついてきた。

「私は、伸也さんの方が好き。心配しないで浮気なんてしないから」

「私も伸也さんの方が良いかな。なんかあいつ、いけ好かない」

 里沙さんもそう言う……って、君たちね。

「身近で済まそうとしないで、ちゃんと歳相応の恋愛をしなさいね」

「周りに、いないもん。男なんて……」

 なるほど、女子校の弊害ね。

 今度こそ、僕は食器を片付けて自分の部屋に上がった。


 後は、三時にお茶とお菓子を出せば良いよね。

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