第8話 大正時代の夢の中
夢の中……そうだ、夢の中だと分かっている。
今の様に、道が舗装されているわけでも無く、車の往来もほとんど無かった。
当時、車は裕福層のごく一部の人たちの乗り物だった。
道を馬車がゆっくり通り抜ける。
土埃が酷い中、僕は往来を歩いていた。
千代さんと出会ってしばらくしてから、街に降り写真館に向い、二人で写真を撮った。
その時は、また二人で写真を取りに来るつもりだったのだけれど……。
コロンコロン。
写真屋の扉についた鐘を鳴らして外に出て、僕はまた洋館へ戻っていく。
注文していた写真は、二枚。僕と千代さんとで、一枚ずつ持つはずだった。
二人の思い出に。いつか、離ればなれになる僕らの記念にと……。
「ねぇ、伸也さん。写真を撮りに行かない?」
僕の気持ちを知らず、千代さんは無邪気に言ってくる。
「写真?」
「最近流行の写真館があるの。私たちの記念にどうかと思って……」
「記念ねぇ」
僕はあまり乗り気じゃなかった。馬車や車が走る度に、埃が舞い上がる往来に出たいとは全く思わない。
「だって、今だけでしょう? 私たちが自由に出来るのは……」
少し寂しげな感じで、千代さんが言った。珍しい、彼女がこんな物憂げにするなんて。
「千代さん。縁談が持ち上がっているんだっけ?」
千代さんは、その表情のまま僕を見た。そして、少し笑う。
「……ええ、そうなの。まだ、決まったわけじゃないのだけど」
そうか、それで記念に……。
「そうだね。行ってみようか、千代さんが記念になるというのなら」
こんなやり取りをして、僕らは写真を撮りに行った。
渡すあても無いと思っていた写真だったのにね。
千代さんが、僕の元に逃げてくるまでは……。
浅い眠りの中、庭の草花がやけに揺れる音がする。
その中に、千代さんの気配を感じた気がした。
暑い。夏はこんなに暑かったっけ……。
テラスを全開にして、風を入れても暑いってどういう事だ? しかも、夕方だぞ。
「伸也さん、もう諦めてクーラー入れようよ。
余所のクーラーの室外機や車とか……よくわかんないけど、そんなので余計に暑いんだって」
由希子さんは、ノースリーブの薄いワンピースみたいなのを着ても汗だくになっている。
いや、僕も汗が流れ出てるけど……。
諦めた、僕はともかく由希子さんが熱中症になってしまう。
「シャワー浴びておいで、その間にクーラー入れるから」
「はぁ~い」
由希子さんは、素直にお風呂場に行ってしまった。
僕は取りあえず、タオルで汗を拭く。
夕飯は取りあえず、冷製スープで良いかな。
主食は、パンで……。
スープにベーコンや野菜のすり潰したのを沢山入れておいたら、栄養は取れるだろう。
由希子さん、夏になった極端に食べなくなるからね。
夏だけは、本当に
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