第5話 由希子さんとの日常とお友達

 僕の追憶とは別に、由希子さんとの日常が始まった。


 朝、由希子さんが起きてくる前に弁当と朝食を作る。

 初日に作った弁当は、煮物中心の茶色い弁当で……由希子さんは何も言わなかったけど、少し元気が無かった。

 由希子さんとお揃いで買ったスマホは、便利な物で何でも調べられる。

 女の子の弁当は、カラフルで可愛い物でないといけないという事も、初めて知った。


 朝の喧噪けんそうがすむと一息吐いて自分のために紅茶を入れてボーっと、庭を眺める。

 千代さんは、庭のどこかで僕の奮闘ぶりを見ているのだろうか。

 家の中で、家事をして夕飯の仕込みを昼から始め、由希子さんの帰りが少し遅くなるだけで、心配している。

 なんだか不思議な感覚だ。僕はずっと死んだように生きてきたのに……。


「由希子さん。お風呂に入ってしまってくれる?」

 僕はガチャっと由希子さんの部屋を開けながら、声をかける。 

『えっ。誰? 由希子、今若い男の声した~』

 あっ、しまった。ノックするの忘れてた。

 由希子さんは、部屋着でベッドに転がって誰かと電話していた。

「ごめん。電話中だった?」

「あっ、いえ。大丈夫です。伸也さん」

 由希子さんは、慌てて起き上がっている。

『ねぇ。誰よ。伸也さんって、見せてってば』

「友達?」

 僕は由希子さんの肩越しに、ヒョイッとスマホを覗いた。

 いかにも風呂上がりって感じの、寝間着姿の女の子が映っている。

『キャ~! 由希子、誰よ。このイケメン。って、ヤダヤダ、私寝間着っ』

「ちょっと、騒がないで。里沙」

 何とも賑やかなことだけど、一応挨拶した方が良いかな? 

「初めまして、養父の桜井伸也です。いつも由希子さんと仲良くしてくれて、ありがとう」

『は……初めまして。え……と、松本里沙です。よろしくお願いします』

 緊張しながらも、由希子さんの友達は挨拶を返してくれた。

「じゃ、由希子さん。電話が終ったらお風呂に入ってね」

「あ……はい」

 由希子さんがそう言ったのを確認して、僕は部屋を出た。




「あの、伸也さん。ここに友達呼んで良い……ですか?」

 あの電話から数日経って、学校から帰るなり由希子さんが僕に言ってきた。

「何? いきなり敬語で……。この前の電話の友達?」

 由希子さんから、空の弁当箱を受け取りながら訊いた。

「その子も含めて、三人くらい」

「かまわないけど、いつ?」

「今週末……土曜日なんだけど」

「いいよ。お茶菓子作るね。何が良いだろう?

 甘い物平気だよね、みんな」

 由希子さんがビックリしている。

「お菓子、作れるの?」

「何ビックリしてるのさ。凝った物は無理だけど、シフォンケーキとかクッキーくらいなら作れるよ」

 昔、千代さんを匿ったときに家政婦さんに習って、作れるようになったからね。




 週末、遊びに来た女の子達は賑やかだった。

 まず、庭の花が咲き乱れている事に歓喜の声を上げ、僕が出したお茶やお菓子も喜んでくれた。

 今時の男性は、料理やお菓子を作れないと、もてないらしい。


 お茶とお菓子が一通り出たところで、それぞれに自己紹介を始めた。

 僕に会うのが目的だったようだ。


 最初は、この前スマホで挨拶した、女の子。

「松本里沙です。この前はどうも」

 と言ってぺこりと頭を下げる。

「斉藤早苗です。初めまして」

「三条愛理です。よろしくお願いします」

 最後の子だけショートヘアーで、前の二人が愛想良く挨拶をしたのに対し、少し睨むような感じで僕を見た。

 初対面だよ……ね。睨まれる覚えは無いのだけども。


 由希子さんのお友達三人が挨拶をしてくれてので、僕も挨拶をする。

「桜井伸也です。由希子さんの養父です。よろしくね」

 子ども向けの笑顔なんて知らないけど、とりあえずにこやかに挨拶をした。

 なぜか由希子さんは不満そうに僕を見たけど……書類上はそうなっているからね。

 自己紹介も終ったことだし、僕がここにいても邪魔なだけだろう。

「じゃ、ごゆっくり。食器はそのままにしてて良いからね。

 どこを見てくれてもかまわないけど、三階は普段使って無くてね。メンテナンスもしてないから、上がらないようにしてね」

 危ないよっと言って、自分の部屋に引っ込もうとしたら呼び止められた。


「桜井さんは、どうして由希子を引き取ろうと思ったんですか?」

 三条愛理さんが、気の強そうな目で訊いてきた。

「昔、縁があっても両家はもう随分、100年くらい付き合いも無かったのでしょう? 親族を押しのけてまで、引き取って幸せに出来るのですか?」

 子どもの問いかけだ、関係無いと切り捨てることも出来るけど……。


「由希子さんにも言ったけど、僕らは血が繋がっているんだ。

 何を心配しているのか知らないけど、僕は由希子さんの事を養い子として、愛情かけて育てていこうと思っているよ。

 幸せになれるかなんて、親元にいても分からないんじゃ無いかな」

 ニッコリ笑ってそう言ったけど、あまり気分は良くなかった。


 以前にも、そういうやり取りをした相手を思い出してしまっている。


 庭の花々もざわめいて、怪しく揺れていた。

 不穏な空気を感じたのか、他の二人も……由希子さんも黙り込んでしまっている。

 僕もたいがい大人げない。

 だけど、これにこりて二度と来なければ良い。そう思っていた。

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