第12話 真夜中の訪問者 2

「学校の……先生との子なの。もし、子どもが出来ても、私が16歳になったら、結婚できるから……って言って。ちゃんと、責任とるからって言って……。

 だから、私……」

 下を向いた早苗さんは膝の上に涙をポトポト落としている。膝に置いた手を握りしめて全身を震わせて言う。

「俺の子じゃないって、俺は避妊したって。

 赤ちゃんを堕ろせって言われたの」

 そこまで言って、うわーって泣き崩れた。

 その早苗さんを、愛理さんと由希子さんが慰める。


 胸が痛い……目の前にいる早苗さんの様子に、僕はショックを受けていた。



『本当は、伸也さんのところに来るつもり無かったの。だけど、一人でいたら怖くなってしまって……』

 千代さんの言葉が蘇る。

 僕もそう言って頼ってきた千代さんを受け入れるのに、一瞬ためらってしまった。


 千代さんは気丈に振る舞っていたけど、こんなに不安で心細い思いを、僕も千代さんにさせてたかもしれないんだ。



 早苗さんは、感情のまま現状だけを言ってきたけど、このままじゃ経緯が分からない。

 かといって、早苗さんに同情的になっている愛理さんや由希子さんから、正しい情報が得られるとも思えなかった。


 僕は庭を見る。小雪が舞う中、花々が咲き乱れサワサワと揺れていた。

 疲れるし、あまり褒められた事じゃないから、普段は使わないのだけれども……。



 由希子さんが通う学校の校舎が見える。季節は……ああ、この感じだと初夏かな?

 いや、まだ冬服だから5月の終わりだろう、制服が暑くて少し汗をかいている。

 雑然とした部屋の中が見える。早苗さんの記憶が教務室だと告げる。

 複数の女生徒と仲良くおしゃべりをしている若い教師らしき男性が見えた。


 僕は今、脳内で早苗さんの記憶を再現している。

 僕の中にこういう能力があるが分かったのは、由希子さんを引き取るための交渉をしたときだった。もし、由希子さんがあのままでも幸せになれるのなら、僕は引き取らなかった。

 それ以来、この能力は使っていない。


 早苗さんが、その教師に好意を持っているのがハッキリ分かった。

 他の生徒と仲良くしているのを見ると嫌な気持ちになるくらいには……。

「最近、牧野のところで昼休み過ごしてるの?」

 愛理さんだ。横に里沙さんと由希子さんまでいる。

「え? うん、でも皆も一緒だよ」

「ふ~ん。なら良いんだけどさ。二人になっちゃダメよ。

 なんか変な噂あるし」

「やっかみだよ。先生人気あるから……」

 この頃から、もう特定の生徒と付き合っているという噂があったらしい。

 ことある毎に、早苗さんに忠告をしたり、うちに誘ったりしてるな。


 早苗さんの記憶が断片的に頭に入ってくる。


 早苗さんは……聞く耳は持てないか。

 まぁ、そうだろうな。相手に夢中になっているうちは、誰の忠告も聞く耳を持てない。

 千代さんがそうだったように……僕も、そうだったように。

 ……本当に、身に覚えがあるだけに耳が痛いな。


 この辺を見ていても仕方が無いので、僕は早苗さんの記憶の先に進んで行った。


「土日は、お友達の家に行っているんだ。

 俺のために、一日くらい空けてくれようとは思わない?」

 もう、夏の薄い制服に替わっている。教師は早苗さんの肩に腕をまわし、暑いのに身体を密着させていた。耳元で、囁くように言っている。

「ご……ごめんなさい。もう、小学校の頃からそこで勉強したり遊んだりしているから」

「勉強なら、俺でも教えられるよ。

 でも、まぁ。今でも良いか……」

 そのまま、その教師は早苗さんにキスをしていた。

「せ……先生」

「好きだよ、早苗。ちゃんと責任とるから……ね」

 教師の言葉を信じてか、早苗さんはほとんど抵抗などせず、その行為を受け入れていた。


 そうやって、昼休みに何回も関係を持ったというわけか。

 女子校の、男慣れしていない子どもをたらし込むのなんか、簡単だったんだろうな。

 目の前で、泣いている早苗さんと、早苗さんに寄り添っている二人を横目で見て、僕は電話の方に向かった。




 僕は愛理さんと、早苗さんの家に電話を入れ、うちへ泊る許可をもらった。

 早苗さんの親御さんとの電話は少し長引いた。

 逆にこちらが頼み事をされたからなのだけれども、まだ早苗さんには言わないで欲しいとの事だった。


「さて、親御さんの許可を取ったから、今日は泊って行きなさい。

 由希子さん、部屋に布団を持って行くのを手伝ってくれる?」

「は~い」

 由希子さんは、ホッとしたように動き出した。

「愛理さん、早苗さんが落ち着いたら、一緒に由希子さんの部屋に行ってくれるかな。今日は、そこで三人で寝たら良いよ」

「はい。あの、ありがとうございます」

 愛理さんは深々と頭を下げていた。

 早苗さんは、まだ泣いている。しばらくは、動かせそうになかった。



 僕は由希子さんと、使っていない部屋のベッドから、マットと布団を持って行く。お部屋にギリギリって感じで敷くことが出来た。

「ベッドが早苗さんかな?」

「そうだね。早苗の身体大変だし……。

 ねぇ、伸也さん。男って皆あんなに無責任なのかな」

 おや? 

「どうだろう? 早苗さんの相手はひどすぎると思うけどね」

 僕は、あまり人のことを言えない。妊娠を賭けの道具にしてしまった時点で、女性からしたら『ひどい男』の部類に入るだろう。


「伸也さんは? 同じ立場に立ったら、やっぱり逃げる?」

「いや、同じ立場にならないからね。教え子や……例えば、養い子の由希子さんに、不埒なことしようとか思ってないからね」

 そんな不安を持たせたら同居生活出来なくなるので、そこはハッキリ否定した。いや本当に、我が子と思って育ててる子に、そんな感情持ちようが無いから。


 愛理さんと早苗さんに、由希子さんの部屋に入ってもらって、一階の片付けをしていた。

 早苗さんの親御さんから、切羽詰まった感じでお願いされたことを考える。

 相手方との、話し合いの場所の提供。

 普通ならあり得ない、お願い。


 …………これも、千代さんの差し金なのだろうか。

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