第13話 真夜中の訪問者 3

 最近は、本当に夢見が悪い。

 壁を一枚隔てた、由希子さんの部屋からは、随分遅くまでボソボソと話し声が聞えていた。

 だからだろうか……寝が浅くなるから、あんな夢を……。





 その日は、家政婦さんもお休みで、珍しく僕は家にいてのんびり千代さんと、昼食を食べ、寛いでいた。

 昼食を食べた後の食器を持って一階に降りてきたところに、呼び鈴が鳴る。

 誰だろうと思って、扉を開けると見知らぬ女学生がいた。

「桜井……伸也さん、ですね」

 えらく真面目な、怖い顔で僕を見ている。

「わたくし、松平千代様と同じ女学校で学んでおります、赤川真理子と申す者です。松平さんを返して貰いに来ました」

 千代さんが、ここにいると確信を持って来ているようだった。


「松平さんがどうかしたの? 僕も随分と会っていないのだけど」

 僕も平然と嘘を吐く。赤川真理子は僕を見据えていた。

「どうして、見え透いた嘘を吐くのですか?」

「言っている意味がわからないな。

 ここじゃ何だから、中に入るかい? あいにく家政婦さんもお休みだから、お茶しか出ないけど」

「お言葉に甘えてお邪魔します。言いたいこともあるし。でも、お茶は遠慮しますわ」


 僕は部屋の中のテーブルに案内した。

 遠慮するとは言われたけど、一応カモミールティーを出す。

 千代さんのお気に入りだ。

 そうして置いて、僕は赤川さんの前に座った。

「それで、言いたいこととは?」

「桜井さん。私は、桜井さんと千代の関係を知っています。

 千代がここに来ている間、私と一緒に行動していたことになってましたから」

「そう。それは迷惑をかけたね。

 申し訳無い」

「あなたに謝られたくはありません」

「でも、今も君は松平家の方々から責められているのだろう?」

「だとしても、あなたには関係の無いことです」

 ずっと、会話の間、僕を刺すように見ている。赤川真理子は強い女性だ。


「そう。じゃ謝らないよ」

「もう一度訊きます。千代はここにいますね」

「……僕は、ずるいからね。君の窮地を承知で言うよ。

 見逃してくれないかな。もう少しで、僕らはここからいなくなる。

 その後、ここを探しても千代さんが居た痕跡は残さず消えるよ。だから、それまで……」

 もう我慢ならないと言った感じで、彼女は勢い良く立ち上がる。

「あなたって人は」

 僕は立ち上がった彼女を見上げていた。

 怒りからか、彼女の拳が震えている。何かに耐えるように、彼女は目をつぶり顔をしかめてから、立った時と同様、勢い良く座った。


「千代は、あなたと居るのが幸せだと。

 あなたが、幸せにできると……そうおっしゃるのですか?」

「会ったことも無いその男と結婚するのが、千代さんの幸せだというのかい?

 借金ために売られていくのが?」

「あなたよりは、マシよ。

 あなたは今まで何もしてこなかった。出来ないのではなく、最初から何もかも諦めて……。

 今だってあなたは、千代がすがって来たから重い腰を上げて動こうとしているだけ」

 全くもってその通りだった。

 僕は、僕の境遇を受け入れて、大学を卒業したら家が決めた女性と結婚するつもりだった、千代さんが妊娠しなければ……。


「否定はしませんよ。だけど、僕は今からでも足掻こうと思うんです。

 その勇気を千代さんがくれた。不甲斐ない僕だけど、これからは千代さんを守って生きていきたい」

 そう言った僕から、彼女は目を反らした。

「わたくし、忠告しましたわよ。

 わたくしが連れて帰ることが出来たら、今回の火遊びは不問になるはずでしたのに」

「それは、無理な話だ。例え連れて帰れたとしても、不問になど出来ない」

 僕が言った意味が、彼女には分かったようだ。キッと僕を睨んだかと思うと、思いっきり頬を平手打ちされた。

「このっ、恥知らず。なんて事をっ。なんて酷いことをするの。

 あなた、千代を遊郭にでもやるつもりなの?」

「別に? 僕と結婚すれば、すむことだ」

 僕はこの対話の中で、初めて赤川真理子を真剣な目で見据えることが出来た。

 もう、誰に反対されてもそうすると、覚悟を決めてしまったから。

「勝手になさればよろしいわ」

 そう言って、椅子から立ち上がり足早に洋館を出て行ってしまった。




 夢はそこで途切れる。もう起きる時間だ。

 今日起こることを考えると憂鬱で仕方無い……あんな夢を見てしまうほどに。


 そうか……何か引っかかっていてけど、赤川真理子さんに似ているんだ。

 三条愛理さんは……。

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