第4話 桜井家の洋館
四十九日の法要が終り、無事納骨も終って、僕と由希子さんは、僕が住んでいた洋館に帰ってきた。
少しずつ、引っ越しの準備を進めていたので、由希子さんもたいした荷物は無い。
「ようこそ。桜井家の洋館へ」
「お……お邪魔します」
にこやかに言った僕に対し、由希子さんは遠慮しながら入って来た。
「ごめん、間違えた。今日からここが君のお家だよ」
そう言って二階にあがる。
今更案内しなくても、お部屋を整えるのに由希子さんも何回も通ってきていて、自分好みの部屋に変えていってた。
由希子さんは、私立のお嬢様学校に通っていて転校の必要はない。
環境が少しでも変わらずにいたことに、僕もホッとしていた。
「伸也さん。何もかもしてくださって、本当にありがとうございます」
由希子さんは、礼儀正しくぺこんと頭を下げた。
「あのね。実は君の正当な遺産金を預かっていてね。
その中から出しているのだから、悪いと思わないで……。
責任上、未成年の間は僕が管理するけど、成人したらちゃんと渡すから。
ごめん、言い忘れてたというか、松平家では言えなかったからね」
僕がそう言うと、由希子さんは肩の力が抜けたのか、あからさまにホッとした顔をした。そして、その瞳から涙が流れ落ちている。
もしかしたら、ご両親が亡くなってからずっと泣けずにいたのだろうか。
「由希子さん。僕が居ない方が良いなら……」
そう言うと思いっきり抱きついてきた。僕の胸で泣きじゃくっている。
こうして泣きじゃくっている由希子さんは、やっぱり子どもだ。
昔、千代さんが泣き出したときは、抱きしめる事も出来なかったのに……ね。
結局、由希子さんが泣き止むまで、僕はずっと抱きしめていたのだけど、泣いて落ち着いたら恥ずかしくなってしまったのか、由希子さんは顔を真っ赤にしていた。
父親代わりと思ってくれたら良いのだけど、そう思うには少し外見が若いかな。
とりあえず、僕も同じ階の自分の部屋に戻ることにした。
やっぱりかなり疲れる。頻繁にここに戻って来ていても、この洋館から出ると、かなりエネルギーが居ることが分かった。
そういえば昔、僕の息子……拓也くんが変な事を言っていたな。
テーブルに置いている写真立ての写真を見てふと思い出していた。
『僕と母の賭けだったのです。ここに来て、真冬でもこの庭に花が咲き乱れていたら、あなたは出てくるだろうと……』
そう、小雪の舞う季節。壊れてしまって、鳴るはずのない呼び鈴が鳴り。
僕は、1度目の目覚めを迎えた。
階下に降りていって玄関のドアを開けると、一人の中年男性が立っていた。
良い身なりだ。仕立ての良いスーツにコートを腕に掛けて……。
一目見て分かった。
彼は僕の息子だと……。
「すみません。こちらは桜井伸也さんのお宅でしょうか?」
「ええ」
僕の声がうわずっている。嬉しいんだ、こんな僕に会いに来てくれて。
「私は、松平千代の息子で、拓也と言います」
「拓也……くん。寒い中よく来てくれたね。さぁ、中に入ってくれたまえ」
洋館の中は時が止まったように、僕が死んだときのままだった。
暖炉の薪も湿気てなくすぐに火を起こせたし、茶葉もそのまま使える。
何よりも庭の花が咲き乱れている。この、小雪舞う真冬なのに……だ。
「あの……拓也くん」
そう僕が呼ぶと、拓也は少し苦笑いをした。
「分かってはいたのですが……その姿で、くん付けで呼ばれるとなんだか不思議な気がします。お父さん」
お父さんと言う言葉に、僕は驚く。
「僕が……わかるのかい?」
「ええ。母と写真館に行ったことがあったでしょう? あの写真の男性の方にそっくりだ。写真は、妾になるときに持って行くことを許されず、僕の元に置いてました。ずっと、この男性は誰だろうと思って。
母が亡くなるときに、そっと教えてくれたんです。
そして、ここを訪ねたらそのままの姿で、あなたが居ると言ってました」
そう言って、すっとテーブルに数冊の通帳と拓也くんの直筆の手紙を出してきた。
「通帳は全て、『桜井伸也』の名義になっています。これで、僕の子孫……多分、孫かその先の子どもになると思いますが、一度だけ助けてやってくれませんか?」
「僕がそんな先まで生きている保証は無いが」
「母からの遺言なのです。『私が死んだら伸也さんのところに、これを届けてお願いしてちょうだい』って……まぁ、来るのに十年かかりましたが」
「そう」
千代さんは、十年も前に亡くなっていたのか。
「うちの呉服屋も戦後の高度成長の波に乗って、ようやく立て直すことが出来ました。
だけど、今後また何があるか分からない。
その時に、母は、自分の
「そう……」
千代さんらしいな。どんな場所でも、どんな逆境の中でも前向きに行動していた。
僕は、千代さんの遺言を
そして、彼が帰り際に言った言葉。
『庭に母が居ます。役目が終ったら母を探してあげてくださいね』
あれは、何だったのだろう……。
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