第25話 由希子さんと僕

 庭の花々は少しずつ、その花びらを風に舞わしていた。

 

 学校からの進路調査の紙を書くのも、もう何度目だろうか。

 由希子さんは、留学も視野に入れ始めた。留学資金も預かっているお金で充分まかなえる。

 実は、松平の財産のほとんどは僕が預かっている口座に振り込まれていて、由希子さんが引き継いでいた。

 だから、今後一切由希子さんに近づかないと言う契約書を交わし、それぞれに誓約書を書いて貰ったのだから。

 その事を知って由希子さんは、留学も考え始めた。

 それと、里沙さん達が言った通り、多分、愛理さんに引き摺られている。

 

 僕は、この家に来ている時の愛理さんしか知らないけど、人を大切に思える人だと思う。

 でなければ、妊娠して行き場の無くなった早苗さんの相談に親身になり、嫌いな僕のところに連れて来たりはしなかっただろう。


 その愛理さんが、由希子さんを愛おしそうに見詰め、キスをしようとしていた。


 ずっと、なんで初対面の時から嫌われていたのか、分からなかったけど……あの頃から、愛理さんは由希子さんの事を好きだったんだ。



 愛理さんは、何も言わず友達と一緒に洋館へやってくる。

 僕も、特に何も言わず、由希子さんの友達として受け入れている。

 何も変わらない、お互いあの光景を無かったことにしていた。



「最終的にこれでいいんだね。進路は」

「うん。だから書類書いてね。伸也さん」

 僕は由希子さんに確認をし、由希子さんも少し緊張したように頷いていた。

 もうすぐ二年生、早いと思うかも知れないけど志望校によって勉強の仕方が変わってしまうので、学園側は早く決めて貰いたいのかもしれない。

 実際は、直前に変える事も出来るのだけれども。

 由希子さんの志望は、留学を含め三校。その内、一校はあの条件付き謹慎の条件である学園から言われた受験校である。

 やれやれ……。



「でも、早いもんだねぇ。あと二年で由希子さんも独立するんだね」

 僕は、感慨深く言っていた。

 最初に会った頃は虚ろな目をして、何もかも諦めたような感じがする子どもだったのに。

「独立って言っても、まだ学生だもの。自立してここを離れるんじゃないわ」

 由希子さんは、二人分の紅茶を入れてくれていた。

 ついこの間までは、全て僕がしていたのにね。成長したなぁって思うよ。


「ここを離れるときに、僕が預かっていた通帳を由希子さんに返すよ。

 もし、留学したらそのまま現地で就職ということもあり得るだろう?」

「ええ? 帰ってくるわよ」

 由希子さんは、焦ったように言う。だけど、その頃には僕はもうここに居ないかもしれない。

 僕は穏やかな気持ちで、由希子さんを見ていた。

「紅茶。入れるの上手になったね。美味しい」

「そう? うれしい。伸也さん、何でも出来るんだもの」

 褒められて嬉しいって感じで笑っている。


 笑った感じがやっぱり千代さんに似ていて……なんだか、切なくなった。

 僕は、由希子さんのこれからを見ることは出来ない。

 最初から、分かっていたことなのに。

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