第22話 家での話し合い 由希子さんの疑似恋愛

 体力が限界を迎えている。

 僕は洋館の中に入った途端、気が抜けたように片膝をついてしゃがみ込んでしまった。

 身体に力が入らない。精神的にも最悪な気分なのに、本当に気分が悪くなってしまっている。

 くそっ、視界がぼやける。

 春先まで、洋館を離れても、疲れる程度で済んでいたのに。


「大丈夫? 伸也さん」

 千代さん? 

 いや、違う。千代さんじゃない。違うと分かっているのに。

 とっさに横にしゃがんできた由希子さんの腕を掴んだ。


 千代さん……君はどうして……

「君はどうして、嘘を吐いてまで……友達まで巻き込んで、嘘を吐いてまで……」

 どうしてそうまでして、僕のところに来てたんだ。友達を矢面に立たせてまで……。 

「大切なお友達じゃなかったのか」

 僕は、由希子さんでは無く、千代さんに向かってそう言った。

 そんな僕を驚いた様に、由希子さんが見ている。


 ああ、記憶が混濁している……目の前に居るのは、千代さんじゃない。

 だけど、多分同じ事をしているね、君は。

 婚約者を騙し、親を騙し、その嘘に友人を巻き込み……僕ですら騙してここに来ていた、千代さんと。

 

 僕はなんとか立ち上がり、リビングの椅子に腰を下ろした。

 洋館に戻ってきたことで、身体の方は少しずつ回復して言っている。

 由希子さんは、冷蔵庫に入っている麦茶を出してグラスに注いで、僕に渡してから横の椅子に座った。

 その麦茶を少し飲んで、僕は言う。冷静に話し合わないと……僕は、頭ではそう考え分かっていたはずだった。

「なんで、嘘を吐いたの? いつも遅くなったときは部活だって言っていたよね」

 なるべく静かに言う。まだ、気分が悪くて大声は出ないのだけど。

「ごめんなさい」

 由希子さんは、下を向いてた。

「僕は、嘘を吐いた理由が知りたいのだけど。

 このままじゃ、僕は由希子さんが何か言う度に、嘘を吐かれてるのかもしれないと思ってしまうよ」

 僕の気分はずっと最悪だ。由希子さんは、今まで。

 引き取ってから今まで、真面目で何でも相談してくれて、僕も由希子さんがしたいと言った事に反対なんかしたことは無い。

 なんだか、裏切られたような気分になっていた。

 いや、ある意味裏切られたのか……。


「バイト……。反対されると思ったから」

「まぁ、校則で禁止されているからね。留学費用……だっけ?

 留学の事自体初耳だったのだけど」

「留学は、本当にまだ分からないの。自分でもどうしたいのか。だけど……」

「だけど?」

「このままじゃ、ダメだと思ったの。

 だって、伸也さん。いつまでも、私のことを子ども扱いするから。

 だから、離れてみようって」

 離れるって、僕から? それで、バイト?

「よくわからないな」

 僕は溜息交じりにそう言った。本当に、理解出来ない。


「だって、伸也さん。私のこと、子どもだって言って、好きだって言っても、いつだって無かった事にされるし」

 いきなり由希子さんは立ち上がり、叫ぶように言う。僕は思わず由希子さんを見てしまった。

「好きなのに、出逢ったときから好きだったのに。

 子どもだからって、無かった事にされる気持ち分かる?」

「由希子さん」

 僕は由希子さんの言葉を止めた。その先は、きけない。

「それは僕が、安全な大人だからだよ。疑似恋愛には丁度良いよね」

「そんなこと」

 由希子さんは、反論してきた。

「だってそうじゃないか。由希子さんにとって、僕は安全な大人だから真夜中まで僕の部屋に居る。二人きりの時に、平気で抱きついてくる。

 今だってそうだろう? 安全だと思っているから、こんな状況で好きだなんて言えるんだ」

 僕は、怖い顔になっているのだろう。千代さんと同じ顔で、同じ声で……僕のことを好きだという、由希子さん。

 だから、僕は勘違いしないように、同じ過ちを犯さないように、ずっと線引きをしていたのに。


「昨年、早苗さんがここに逃げ込んで来たとき、由希子さんは言ったよね。

 牧野先生と同じ立場になったら……って」

 僕が、由希子さんの方に少し近付いたら、ビクッとして由希子さんは後ずさった。

「僕が怖い?」

 由希子さんの身体が震えている。多分、気付いたのだろう自分も早苗さんと同じ立場になるかも知れないだろう事に。


 だけど僕が側に来ても、由希子さんがそれ以上後ずさる事は無かった。

 僕は由希子さんの耳元で、ささやく。

「僕も好きだよ」

 由希子さんの身体がピクッとはねる。僕は屈めていた身体を起こして言う。

「由希子さんは、大切な僕の養い子だ。

 昨年の早苗さんのような目に由希子さんが遭ったら、相手の男をぶん殴ってる」

 

 そう言って、僕は二階の自分の部屋に戻っていった。

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