第19話 新しい僕の日常
初夏の頃、最近はなんだか暑くなるのが早い。
あれだけ抵抗があったクーラーも、入れるのが当り前になっていた。
「伸也さん、どこ行くんですか」
僕は、お茶もお茶菓子も出したことだし、そろそろ自室に引っ込もうかと思って階段を上ろうとしたところで、里沙さんに引き留められた。
今日は、久しぶりに里沙さんと早苗さんが来ている。
「いや、部屋に戻ろうかと……」
「えー。お客さんおいて部屋に戻るとかあり得ないんですけど」
「里沙さん。今更だろう? キッチンは好きに使って良いから、勉強頑張ってね」
そう言って、再び階段を上ろうとする。
「その勉強が、分からないからここに来てるッスよ」
里沙さんが、あくまでも食い下がる。君達、頭良いんじゃなかったっけ?
「あの……。塾の宿題が、難しくて」
早苗さんまで、おずおずという感じで言ってきた。
やれやれ、僕をとことん使い倒す気だな。
「どれ? 僕にわかると良いけど」
溜息交じりに、そう言って二人の勉強に付き合った。
最近の由希子さんは、土日も少し遅くなりがちだ。部活はそんなに大変なんだろうか?
成績が悪くなった訳じゃ無いから、文句も言えないけど。
今までが、家に縛り付け過ぎていたんだよな、と自嘲してしまった。
由希子さんはこの日、薄暗くなってから帰ってきた。
約束をしていた連絡も無く、こちらからの連絡にも応答が無く。心配して学校に連絡でも入れてみようかと思っていた矢先だった。
「ただいま」
少し疲れた感じで、玄関の扉を開けている。
一瞬、千代さんが入って来たのかと思った。薄暗い所為か、ぼんやりとしか見えなかった。
後、一年もすると由希子さんは、千代さんと僕が出会った年齢になる。
元々似ているんだ。油断すると千代さんと言ってしまいそうになる事もあった。
「伸也さん?」
ボーッと由希子さんを見ていた僕を不審がって声をかけてくる。僕は、ハッとして由希子さんの保護者に戻った。
「由希子さん、遅いから心配したんだよ。
連絡入れるって約束だったろう? もう少しで学校に連絡を入れようと思ってたところだ」
由希子さんが、ハッとした顔になる。そして、僕から一瞬目を反らした。
「ごめんなさい。連絡入れるタイミングが無くて……。
これからは気を付けます」
ぺこんと頭を下げ、僕の横を足早に通り過ぎ、由希子さんは二階の自室に入っていった。
溜息が出る。
由希子さんを叱ったのは初めてだ。ここに引き取ってから、由希子さんはずっと良い子だった。心配して行動を制限して、あの頃分からなかった千代さんの父親の気持ちが少し分かる。
由希子さんに作った夕飯を冷蔵庫に入れた。
ここに僕がいつまでもいたら、由希子さんは来ないかも知れない。
二階に上がり、由希子さんの部屋のドアをノックする。中からの返事は無い。
「由希子さん。夕飯は冷蔵庫の中に入っているからね。お風呂も用意が出来ているから入ってしまって……。僕は、自分の部屋に居るから」
気まずくないよ。とまでは言えなかった。
少しだけ、ドアの前に居たけれど静かだ。何も返すつもりはないのだと判断して、僕は自室に戻った。
由希子さんは、次の日には普通に出て来て
「おはよう。伸也さん」
と、笑って挨拶をしてきた。冷蔵庫に入れておいた夕飯は消えている。
「おはよう、由希子さん。はい、弁当」
「ありがとう」
と言って受け取り、食卓に着いた。
平日の朝は慌ただしい。由希子さんも普通にしている。
家族とは、こんなものなのだろうか。
「由希子さん。あの……」
「はい、は~い。今日はちゃんと連絡入れま~す」
もう、朝から蒸し返さないでよね、って感じで由希子さんは言ってくる。
その気安さで、僕は救われた気がした。
「そうしてくれると助かるよ。僕は、もう心配で心配で仕方無いんだ。可愛い由希子さんが犯罪に巻き込まれやしないかと」
だから、僕もわざとらしく目を閉じ、胸に手を当てて少しおちゃらけた感じで言った。
由希子さんが、クスクスと笑い出した。
「心配なのは本当だよ」
「可愛いって言うのは、嘘なんだ」
笑いながら言っている。
「え? 可愛いよ。由希子さんは……だから、余計心配なんだ」
普通に言ったら、由希子さんが赤くなった。
「そんなこと言ったら、学校行きたくなくなっちゃう」
いや、学校は行って欲しいけど……。なんだか、朝から変な雰囲気になってるな。
「あれ? そろそろ時間なんじゃ」
目の端に時計が映って、由希子さんが家を出る時間に気付いた。
「わっ。行ってきま~す」
さっきの学校行きたくない発言が無かったように、慌てて由希子さんは家を飛び出して行ってしまった。
「気を付けて……って、聞えてないか」
僕は、由希子さんが出かけた後の片付けを始めた。
今日も暑くなりそうだと思いながら……。
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