第16話 自由への導

「ニンフェットさん!」

「はぁ? うちは、……うちは背が低いだけで別にロリじゃないぞ」


 エリーの言葉に前に立つ少女は眉を釣り上げた。明らかな不機嫌。何が原因か分からないが、エリーの発言は彼女的にアリエナイ物だったようだ。周囲であくせく働いていた魔人たちも彼女の冷えた雰囲気に呑まれ手を止めている。


「……おー、うちに色気があるように見えたってことかなー。……珍しい感性だな」


 彼女、魔王はその黒髪を掻いてそう言った。

 途端、止まっていた時が流れ出したかのように魔人たちが動き始める。

 エリーはそんな不穏な空気を作り出したことなどまるで知らぬかのように、薄く開いた唇に指を当て、ボケっとした顔で何やら考えていた。


「……? ――ハッ!? だ、だれでしゅか!?」

 

 ようやく気付いたらしい。


「どーも。魔人の統括、総代表の魔王だ。よろしくー」


 いつもの間延びした暢気な声。だがこれはワザと作ったものだと知れ渡っている。

 魔人の代表、人呼んで魔王は努めて笑顔を作ってエリーに握手を求めた。エリーはその差し出された手を両手で握り返した。


「あなたが!? どーもでしゅ!」

「ん!?」

「?」


 魔王が目を見開いて、それにエリーが小首を傾げた。

 何やらすれ違っているようだが、今はそれを気にする余裕がない。


「ちょっと、どーすんのよ」


 背後からマルタが囁く。彼女はほっかむりを深く被って、その顔は魔王に見えていないだろう。

 基地に降り立つ直前に気付けて良かった。

 特徴的な魔人の黒い制服の中に、目立つ白いパジャマ姿の少女、というより幼女がいたらそれは魔王以外に有り得ない。

 慌ててマルタの頭を叩くと強すぎたらしく「イッタ! 何すんのよ!!」と怒鳴られたが、そこは流石の天才少女、すぐに俺の言わんとすることに気づいて行動に移した。


「いま考えてる……。とりあえず隠れてろ」


 俺が言うと、マルタは頷きで返した。

 魔王を見る。何年も前に初めて会った時と変わらない幼い顔、相変わらずクマの付いた目元。クタクタのパジャマはいつまで着るつもりだ。

 まったくもって本当に、魔人には見た目の成長というものを感じない。何年か振りに会っても姿形が変わらないのが彼らだ。

 ――しっかし、どうするかな。何も思いつかん。


「よっアルフォンス、お久〜元気してたみたいだな。おー、マジで片腕無くしてるじゃねーか」


 必死になって考えている時に魔王から声がかかる。その口調は軽い。

 まだ彼女は十歩ほど先、こちらに近づいてくる気配もない。

 今のうちに考えつかなければ。


「元気してたように見えますかね、これが」

「見える見える。だってお前、余裕じゃん」


 魔王はケラケラ笑って続ける。


「悲壮感がない。まぁ腕は治す気でブリタンまで来たんだろうけど、お前らしくねーなぁ」

「……」


 ――どう返したもんかな。マルタもいるし。……色々と聞きたいことがあるし、それで時間稼ぐか?

 その時、プルルルルという高い音が魔王のパジャマから聴こえた。


「あっ、ごめん電話。もしもーし……」


 魔王は折りたたみができる小型の通信機を取り出すと、こちらに背を向けて誰かと話し始めた。

 時間が延びたのはありがたい――。


「……ねぇ」


 マルタが囁いた。かなり遠慮がちに切り出すような声だった。


「いい考えが浮かんだんだけど、アル、協力してくれる?」

「今更何言ってんだ」

「いいから、返事は?」


 ハッキリと言わなければ許さない。そんな圧を感じた。


「協力するに決まってるだろ。何でもするさ」

「うん。……あり…ね」

「なに? なんだって?」


 マルタの声は尻すぼみに小さくなって聞こえなかった。だが、俺の質問など構わず彼女は話を続ける。


「いい? 今からあんたが注意を引くから、その間にあたしが逃げる、以上」

「はぁ? おまえ何を――」


 次の瞬間、俺の股間が解放された。

 自由の風を直に感じる。


「なるほどな」


 ――こいつめ、俺のパンツをずり下げやがった。……それはいいが、こっからどうするつもりなんだ。

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