第5話 小さな竜人の少女
竜人と言えば、かつては誇り高い者たちとして知られていた。
「あぅ、あ、の……」
プロペラ機のすぐそばに立つ竜人の少女は、どうやら俺たちに怯んでいるようだ。頭を両腕でガードして腰は引けている。
――衣服は人間と似たようなものを着ているんだな。
少女は透き通るような銀髪を胸まで伸ばして、太いしっぽまで入るようなゆったりとしたスカートに、上は白いブラウスを身に着けていた。
「あなたが助けてくれたのよね」
マルタが話しかける。その口調は優しく、少女を刺激しないように気を付けている。
「は、い」
「そう、ありがとう。助かったわ。――お礼をしなきゃね」
ベルトをすでに取っていたマルタが、すっと立ち上がってプロペラ機を飛び降りた。
――これはまずいな。
俺は急いでベルトを外した。急いで飛び降りる。
既にマルタは少女の近距離、手が届く位置にいる。
そうすると互いの身長差が歴然となって、マルタは自分より頭一つ分小さい少女を見下げるような形になる。
「……」
「あぅ…あ、の?」
「……確保ぉぉぉ!」
マルタの瞳がギラつき、少女にいきなり飛び掛かった。
だが俺がそうはさせない。すぐにマルタを後ろから羽交い絞めした。
「バカ! 捕まえようとすんな!」
「離せヘンタイ!! 服着てから出直してきなさいよ!!」
「あわわわ」
少女は青ざめた顔で口に手をやって震えている。その目には涙も見えた。
しかしそれだけ怯えながらも、逃げない。
竜人が逃げない。あの、竜人が、しかも少女が、逃げない。
かつて竜人は誇り高い者たちとして知られていた。
邪神が現れる以前、1000年以上前の彼らはその強大な力と誇り高き心によって、人間からは畏怖と畏敬とをもって崇められていたという。
そして邪神が出現した際に、彼らは誇りをもってどの種族よりも先頭にたち、果敢に挑み続け、そして敗れた。
わずかに生き残ったのは、この大陸コナータに邪神に恐れをなして逃げてきた臆病者の竜人だけ。
彼らは万年雪の降り積もる山嶺の秘境に里を設け、人間にも魔人にも関わらずひっそりと生きている。
そしてたまに遭遇したとしても、怯え、震え、涙して一目散に逃げていく。
この1000年間ずっと、竜人と人は音信不通であった。
よって人間からは侮蔑も込めてこう呼ばれる。
そんな貴重な竜人を見て、マルタが興味を抱かないわけがない。
「あんた分かってんの!? 竜人よ!? 一生に一度会えるかどうか分からない、あの竜人よ!? ――しかもこんなカワイイの! ここで捕まえて念入りに調べなきゃ!」
「バカ野郎! 命の恩人だぞ!」
「なにまともな事言ってんの!? さっきまでの狂ったあんたはどこ行ったのよ!?」
「俺はまともだ!」
――失礼な奴め! まるで人を狂人のように扱いよって!
竜人の少女はまだ「あわわわ」と震えながらもそこから動かない。
正直、早く逃げてほしいのだが。
「そこの君! 助けてくれてありがとう! そしてもうさっさと逃げて!」
「あっ! こら! ――お、お礼ほしくない!? ちょ、ちょっとだけでいいから!」
なにがちょっとなんだよ。
「あぅっ、ほ、欲しい、です」
竜人の少女は怖気づきながらそう言った。ガチガチと歯を鳴らして震えている。
そんなに怖いなら逃げればいいのに、恐怖に震える体を必死で抑えて。
それほどお礼が欲しかったのか。
「マジかよ」
俺はマルタから腕を離した。少女が逃げるつもりがないなら、マルタを抑えていても意味がない。
「やったわ! ほらね! 命の恩人に対する当然の礼はすべきよね! うへへ」
――うへへ、じゃねーよ。
少女は両腕を祈るように組んで、おどおどと引き気味に口を開く。
「お礼、あぅ、その……わたしを、ブリタンまで連れてってくだしゃい!」
「――あら?」
――おおっと。
マルタが目を丸くしている。全く持って予想外なのだろう。俺も同じ思いだ。
どうやらこれは面倒なことになりそうだぞ。
俺は両手でパンツの位置を直す。プロペラ機を飛び降りた時にケツまで下がっていた。
にしても、ずっと裸でいると風が冷たく感じてくる。具合が悪くなってきた。
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