第4話 とんだぁ!!

「ヨシ! コーチ補充完了! 動作可能な魔力も、ヨシ!」


 俺はプロペラ機の前部、操縦席に乗り込んでいた。


「ちょっと!? それ絶対にこっちに持ってこないでよ!?」


 魔力の込められた瓶を胸に掲げた俺に、マルタが後部座席から叫んで牽制する。


「どうした? 世にも珍しい人尿で作られた高純度魔力触媒だぞ? 気にならないのか??」

「持ってくんな!! あたしの視界に入れないで!!」

「ちょっマルタ!? 暴れんな瓶が落ちる!」


 暴れるマルタにプロペラ機が揺れて、俺は手に持った瓶を落としそうになる。

 土と分離した尿の部分が、瓶の中でちゃぷちゃぷと音を立てて踊った。


「ヒィッ!? キモイ! キショイ! キモイ! ――もうさっさと飛んでよぉ!」


 限界まで身を反らせて瓶から逃げようとするマルタ。その顔には青筋が浮かんでいる。

 そろそろ勘弁してやろう。


「よーし、そしたら起動するか」


――ヴェルメ――


 俺の呪文に呼応するように、ジワリと紋様が機体に走っていく。

 幾何学に走る魔力のしるべ。それは作られた経路を通り、決められた理を行使せんと蠢く。

 クルクルとプロペラが回り出し、二つの車輪がゆっくりと前方に向けて動き出した。


 ――んおうっ! こんなに振動するのか。たまげたな。


「……ねえ?」


 マルタがじとじとした声を上げた。何か言いだしづらそうな雰囲気がある声だ。


「どうした? いまさら怖気づいたか?」


「なわけないでしょ。――これさ、どこ行ってんの?」


 どこ、とは?


「正面さ、なんか鉄? でできた格子状の……壁があるじゃない? このままだとそこにぶつかるわよね」

「そうだな。――ちなみにあれはフェンスと言うんだ」

「そうだな、じゃないわよ。……ねぇ、これホントに飛ぶの?」


 何を馬鹿なことを。これは空を飛ぶ機械だぞ?


「飛ぶさ。俺は何度もそれを見てきたぞ! 楽しみだなぁ! ワクワクするぞ!!」

「にしちゃ全然、飛ぶ気配なんてないんだけど? 浮く気配もないんだけど?? ――あたしこれをどう動かすかなんて分からないから、全部あんたに任せてきたけどさ。……実際に飛ばした経験はあるのよね?」


 何を馬鹿なことを。


「あるわけないだろ」

「イヤアアアアア!!」


 カチャカチャとベルトを外そうともがく音と振動が後部座席から伝わってくる。

 それはパンツ一丁の俺の股間をダイレクトに刺激した。


「おっふ!? オイこら暴れんな! 危ないだろ!?」

「ここにいる方が危険よ!! 目の前のフェンスが見えてんでしょうが!!」

「何言ってんだ? これは空飛ぶ機械だぞ? ――ほらスピードも上がってきたし……そろそろ飛ぶだろ」

「飛ぶ前にぶつかるわアホーー!!」


 おかしい。そこまで言う事ないじゃない?

 何かマルタと俺との間で食い違っている。


「でもぶわっと飛ぶだろ? 風に舞い上がる花のように」

「踏み潰された花のようにひしゃげるわ!」


 そしてついにベルトを外し立ち上がったマルタ。頭に被ったほっかむりが風に外されて美しいプラチナブロンドがなびく。しかしすぐに座り込んだ。


「ちょ、ちょっと!? 早すぎて降りれないわ! スピード落として!」

「何言ってんだ!! 限界までスピードを上げろって魔人の友達が言ってたんだ! そんなことしたら飛び立てないだろ!?」

「ああああああ!! 何こいつ!? 人前でパンツ一丁になった時から狂ってるって思ってたけど、こんなに狂人だったなんて!?」


 怒り狂って髪をぐちゃぐちゃかき乱すマルタ。

 俺はいたって正常なのだが。面白いことを言う。


「ははっ」

「笑ってんな!! 何笑ってんだオイ!! ……イヤ、ほんとむり、てかもうほんと怖いよ。――誰か!! たすけてぇっ!!」

「あ、そろそろフェンスだ。飛ぶよ~」

「ヒィィィイィイイィ!!」


 マルタが叫ぶ。機首が、プロペラがフェンスに当たる。フェンスがひしゃげる。

 そしてプロペラ機は花のように舞い上がった。


「おおおお!! よし、飛んだぁぁぁ!!」

「……えっ? へっ!? ――ウソ!! 生きてるぅぅぅぅ!!」


 俺たちを乗せたプロペラ機はフェンスを飛び越え、その向こうに見える一等高い丘の高さまで上がる。

 そして急降下し始めた。ちょうど半円を描くように落ちていく。


「あっ! ちょっと!?」


 マルタが叫ぶ。

 大丈夫だ、安心しろ。

 どうやら離陸失敗のようだが、こんな時の手段も聞いている。


「対ショック姿勢をとるんだ。それで助かる」

「――どうやるの?」


 マルタは落ち着いた声で答えた。まあプロペラ機は一度は俺の言った通り飛んだし、信頼してくれたのだろう。


「頭を抱えて、しゃがめ」

「それで?」

「以上だ」

「ダメね。お父様お母様、頼る人を間違えたマルタをお許しください」

「なんでそうなる。さっきも俺が言った通り飛んだだろ?」

「ちがうわ。のよ。絶対普通の動きじゃなかったわ」


 なるほど。たしかに思ってたのと違った。そうか、跳んだのか。ジャンプか。

 友達に聞いてたのと違う結果が出ている。

 ――すると……ヤバイな。


「あ、諦めんな!! 対ショック姿勢で何とかなる!! はず!」

「……」


 無視された。怒ってるのかな。

 地面近いな。


「……ヒィィィイィイイィ!!」


 俺が叫んだ。対ショック姿勢はもちろんしている。


「星々よ、我らにどうか祝福を。ってね。――まぁ助かるわよ」


 マルタがそう祈って、機体が浮いた。

 そしてふわりと柔らかく地面に着地する。

 いったい何が――


「あぅ、え、と……だ、だいじょうぶ?」


 聞き覚えの無い幼い少女の声がした。

 衝撃を抑えるために抱え込んでいた頭を上げて、声のした方へ向ける。

 そこには尖った耳に太いしっぽを持ち、体の所々に鱗がついた小さな女の子が一人。

 間違いない。魔人にも人間にも交わらず、山奥に引きこもってしまったいにしえは誇り高き者たち。


「竜人の、少女?」


 俺の声に、少女はビクビクとその身をかばう様に縮こまるのだった。

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