第3話 放たれる
「……だ、誰もいないじゃない!!」
――当たり前だ。
港町スタベンジャーからそう遠くない場所、魔人の“星落とし”対応人員の拠点に俺たちはいた。
小高い丘の連なる平原の、見晴らしがよい立地に作られたこの魔人の拠点は、いまはスカスカで寂しい風の通り道となっていた。
そこに在るはずの魔人の姿は見当たらず、いくつか張られた仮設テントの中はありきたりな弾丸や燃料などを除いて、もぬけの殻だった。
「ちょ、ちょっとこれどうゆうこと!?」
どうにもマルタはあまりの想定外に、かなり面をくらったようだ。
町を出てから目を泳がせて、体は忙しなく動いて落ち着きがない。
「最終招集があったんだ。ブリタン島からの最後通告さ」
「何それ?」
マルタが振り返ると目を輝かせ、俺の目をまっすぐに見つめる。見知らぬ言葉に興味津々のようだ。
下手に粘られて、ここで時間を食っては困る。
俺の口から話すことではないのだが、仕方なく昨日の夜の出来事を教えてやることにした。
「昨日はここの、魔人の知り合いと飲んでてな、けどブリタン島から緊急連絡があってお開きになった。その内容がシンプルでな、伝えられた言葉はただ一つ、全員ブリタンに帰還せよ、だ。……この言葉が最終招集の証で、つまり世界がヤバいってことらしい」
「世界がヤバい? 何があったのかしら?」
マルタは俺からすぐに目を逸らし、話を聞きながら、拠点の隅から隅を移動し始めた。
俺は彼女の歩幅に合わせてその後ろをついていく。
「さあな。だが魔人は大慌て、すぐに荷物をまとめて飛び去って行った。スタベンジャーの港に停泊していた魔人の鋼鉄船もいつのまにか消えていた。――それだけのことが起こっていたと考えるべきだな」
マルタは布をかぶされて放置された魔人の兵器の前で立ち止まった。
「まあスキャンダは平穏そのものだし、どうにか魔人が勝ったようだが」
「当たり前じゃない、魔人が負けるわけないわ」
そう言ってマルタは兵器にかぶせられた布を勢いよく取り払う。
現れるのは薄い板金を何枚も張り合わせて作られた鋼鉄のボディ、頭には軸をもって回転するねじり板。
「見なさいよこれ! あいつらはこんな空飛ぶ鉄の塊に乗って戦うのよ?」
そう言ってマルタは魔人のプロペラ機を軽く叩いた。硬質の乾いた音が短く響く。
そしてにやりと笑った。
「――それってどんな感じなのかしら?」
まったくもってこの王女は。
「アルは知ってる? これに乗って空を飛ぶその感覚。きっと自由で爽快で――あたしすごく興味あるのよ」
「好奇心の塊だな、マルタ。だから王城を飛び出したのか」
「そうよ! スキャンダにいたらいつまでも魔人と関われないもの!」
即答。そしてマルタは腰に手を当ててふんぞり返った。
「お父様もお母様も、スキャンダの国民も、みんな魔人のことが嫌いだわ。理由はいっぱいあるだろうけど、きっと根本にあるのは嫉妬よ」
――嫉妬とはね。おもしろい。
マルタの話に興味が湧いて、俺は腕を組みつつも清聴することにした。
「魔人は人間の倍以上生きるわ、それでいて人間より賢くて丈夫、加えてこの技術力よ? さらにさらに、魔力も魔法も人間よりはるか上にあるわ! 魔人の治癒魔法は生きてさえすればその人を全快させるのよ!? すごくない!? ――もちろんアルはそれを知ってるでしょ?」
「まぁ、そりゃ――」
「でしょ!? だからそんな超人たちに対する嫉妬なのよ!! ――つまらないわ! 意地張ってないでこの国は魔人と仲良くするべきなのよ!!」
マルタは興奮すると早口にまくしたてるタイプのようだ。人の話を聞かないタイプ。
質問しながら回答は許さないとかキツイね。会話してほしい。
――しかしそうか。魔人に興味が湧いてしまったか。こまったねえ。
言いたいことは言い終わったようだが、未だに目を輝かせ肩を上下しているマルタを刺激しないように、そっと声を掛けてみる。
「プロペラ機に乗って空を飛ぶだけでいいのか?」
「んーそうね。……とりあえずそれでいいわ」
やはりまた家出をするつもりのようだ。
興味が湧いたら、たとえどんな困難があろうと、それをやらずにはいられない。そして彼女にはそれをやり遂げる知恵と強い心がある。
――羨ましいね。その自信、敵わないな。
「しかたないな」
プロペラ機に乗るだけで満足してくれるなら、すぐにそうさせてやろう。
「てかあんた、魔人が拠点にいないって知ってたなら先に――ちょっ! ちょっとぉ!? あんたなにパンツ脱いでんのよ!!」
言われ、俺はパンツを脱ごうとした手を止めた。
すでに俺のケツは半分まで出ている。
「パンツが邪魔なんだよ。お前がそうさせるんだぞ?」
「な、何言ってんの? パンツだけは穿いときなさいよ!」
あの時、ブリタン島に向かうと聞いて俺はすぐにパンツ一丁になった。
ほ、ホントに脱いじゃうの? あと少しで駐屯地なんだから着替えてきなさいよ。というマルタの言葉に、俺は負けたくないと思った。
俺は堂々とパンツ一丁で町を出て、その後ろから大きく距離を空けてマルタはついてきた。
そう、俺は、勝ったのだ。
しかし、俺はまたマルタに負けた。許せない。
俺は負けず嫌いなのだ。
「今のとこ一勝二敗なんだよ!! 脱がなきゃ勝てないんだ!!」
「あんた何の話してんの!? ――は、早くパンツから手を離しなさいよ!」
マルタは顔に手をやり、指の隙間からこちらを覗いている。なんだ興味あるんじゃないか。
所詮14才の初心な少女。勝ったな。
「ふんっ!!」
「キャーーー!!」
最後の衣服を脱ぎ去り裸一貫になった俺。その腰には唯一、麻薬の入った麻袋だけが肩から掛けられて揺れている。そんな俺の股間のふぐりにマルタの目はしっかりと向けられている。
――これで二勝二敗。あっけない。……さて、さっそく――。
「ァァーー……あれ? たいしたことないわね」
「これは通常時だからな!! 臨戦態勢はこんなもんじゃない!!」
――バカな!? 俺のウルフがたいしたことないだと!?
「ふーーーーーん? あっそう? ――で? どうして裸になったのかしら?」
至極興味なさそう。これはツライ。
さっきまであんなに怯えてたくせに。
――くそっ! 二勝三敗だ! しかし見てろよ!
「くっ! ……俺はまだトイレをしていない」
「死ねバーカ」
――そんな冷たい目で見ないでくれよ……。
「人の話は最後まで聞け」
「少女に言われてパンツ一丁になる大人の話を最後まで!? しかも自分から全裸にまでなる変態の話を!? 無茶だわ!」
「聞け!! ――俺は朝に麻薬を吸っていただろう? あれには豊富な魔力が含まれているんだ」
俺の吸った麻薬には普通の人の十倍の魔力が込められている。そしてそれは体内に少量しか吸収されず、そのほとんどが体外に放出される。
そして魔人の兵器は、その全てがコーチと呼ばれる液体燃料と魔力のハイブリッドで動作する。必要な魔力の量はまちまちと聞いたことがあるが、この旧式のプロペラ機ならば恐らく丁度十人分ほど。
幸いなことにコーチはここに残されていた。となれば。
俺がなすべきことは一つ。
マルタが察し付き、その顔はみるみるうちに信じられないほど気持ち悪い物を見るそれへと変化していく。
「まってアル、あんたもしかして……」
「そうだ。俺は今から魔力を放つ!! ただし股間からな!!」
「イヤアアアァァァアァァ!!」
マルタが叫び、そして逃げ出した。
俺はその様子を、股間に虹のアーチを作りながら眺めていた。
「これで三勝三敗だな」
俺はニヒルに笑う。勝利とは少し虚しいものだ。
「スコップと瓶を探さないとなぁ……」
俺の魔力はびちゃびちゃと、土に湿った暗色をつける。
最初から瓶におしっこすればよかったと、俺は反省するのであった。
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