第2話 彼女の目的

「とりあえずその服は脱いで、勲章も、……うん、身に着けてるものを下着以外全部置いてきて。パンツ一丁になるのよ」


 レストランで会計を済ませてすぐ、マルタは出し抜けにそう言いだした。まったくふざけた王女様だ。


「銃もダメか?」


 武器がないと身を守れないだろう。

 そういえばマルタはここに来るまでに、山賊などに襲われなかっただろうか。心配だ。


「ダメよ。スタベンジャーの海軍駐屯地に全部置いてきて。あっ、その右足に括ってる短剣は持っていってもいいわよ」


 それはありがたい。

 だが武器以上に譲れないものがある。


「こいつも持っていかせてもらう」


 腰に提げた麻袋を二度叩いた。そこには俺の命の次に大事なモノが入っている。


「こいつがなけりゃ生きてる意味がないんでね」

「それ麻薬ぅ? そんなの途中で道端に生えてる草から作れるわよ。置いてきなさい」


 マルタが怪訝な顔をして反対する。しかしこいつはそんな安っちいシロモノではないのだ。


「ムリだな。こいつは特別でね。そこらに生えてるようなもんと一緒にしないでもらいたい」

「へー……」


 マルタは興味深そうに、俺の麻袋をクリクリとしたその瞳で覗き込んでくる。


 ――そのあどけない顔は可愛らしいんだがな。


 しかし瞳の先にあるのは麻薬の入った麻袋である。

 なんだか嫌な予感がして、俺はマルタから見えないようにそれを手で隠した。


「ちょっと! なんで隠すのよ!? もうちょっと見せて」

「物欲しそうな眼をしてるからだめだ」

「んなっ! 麻薬なんてやるつもりないわよ!! バカ! ただ何から作成されてるか気になっただけで……ねぇ、ちょっとだけもらえないかしら?」


 好奇心旺盛な奴だな。


「知るか! 一粒もやらんからな!!」

「一粒くらいいいじゃない!! ――まああれよ、何からできてるか教えてくれればいいわ」

「言うわけ無いだろ!」

「なんでよ!? お・し・え・な・さい・よー!!」


 そして癇癪を起こした子どものように、腕を振りまわしてイヤイヤする。


 ――ほんとに14才か? ……いやおかしい、さっきは年齢以上に見えたんだが。


 そうして駄々をこねつつも、俺が絶対に口を割らないと読めているのだろう。マルタの顔は絶対に盗もうってやつのそれだった。

 盗んで調べるつもりだ。したたかな奴め。

 今後うかつに動けなくなってしまった。


「一応言っとくが、盗るなよ?」

「……盗らないわよ。人を盗人扱いしないでくれる? 淑女に対して失礼よ」


 ――駄々こねてたガキが淑女を語るかね?


 というか、俺の麻薬の話なんかより大事な話があるだろう。


「麻薬の話は置いといて、だ。おまえは、そろそろ俺に教えなきゃいけないことがあるだろう」

「気が早いわね。準備が終わってからでもいいじゃない」

「いいや、それによっては携行品を増やさないといかん。金もいるだろう」


 あと5分もしないうちに駐屯地に着く。マルタは駐屯地に入れないし、それまでに聞いておかなければならない。


が分からなければ準備ができん」


 そう言い切った俺に、マルタが呆れた顔をした。


「パンツ一丁になりなさいって言ったでしょ」

「ふざけるな」


 呆れ顔をしたいのはこっちの方だ。


「ふざけてないわよ。何もいらないの。あたしも今持ってるのはこれだけ」


 そう言ってマルタは、くしゃくしゃにしなびた紙幣を取り出した。

 それは我がスキャンダ発行の1万ゴールド紙幣。

 ちなみにさっき俺がレストランで出した二人分の支払いが2500ゴールド。


「……マルタ、ほんとにそれだけか?」

「そうよ!」


 無謀が過ぎる。なぜそんな堂々と胸を張る。涙が出てきたぞ。


「けどね、ここまで来たらもうお金なんていらないのよ」


 マルタは俺によく見えるように1万ゴールド紙幣を掲げると、勢いよく引き裂こうと――。


「まてっ! まてまてまてっ!! バッカヤロ! マルタ!」

「ちょっと!? 気安く肌に触れないでくれる!?」


 慌ててマルタの両手をつかんで止めた。文句をつけてくるが気にしない。

 きっと長い逃亡生活で心がすり減ってしまったのだ。彼女は錯乱している。違いない。


「ヤケになるな! ――分かった! ご飯一杯食べれるくらい金は持ってくるから! だからそれは大事に持っておくんだ!」

「ちょ、離せっ、――あんた何言ってんの?」

「さっきレストランで腹を空かせた子猫のように食い散らかしてただろ? 分かってる、ここまでまともに食べれなくて辛かったよな……」

「あぁ、なんだ。バカね。あれ普通よ。あたし食べ方とか気にしないのよ」

 

 ――なんだと?


「あの飢えた野良猫みたいな、きったない食べ方が素だってのか!?」

「は? 誰が野良猫ですって!? ――ていうか早く手を離せ!」


 ショックで気が緩んでいた隙にマルタは俺の手から逃れた。

 そしてついに、彼女にとってなけなしのはずの1万ゴールド紙幣を引き裂いた。


「はぁぁぁスッキリした! お金持ってると落ち着かないのよね。あっ、ほんとにお金要らないから、余計なもの持ってこないでね」

「おいおいおい、なんてことを……無一文でどこ行こうってんだ?」


 マルタは両手を腰に当て、偉そうにふんぞり返って俺を見る。ちょうど俺を見上げるような形になるのでマヌケっぽい。


「向かうのはこの世界で一番安全で安心なところよ」

「……そんなところはない」


 と言いつつ、俺はその言葉で察しがついてしまった。


 ――なるほど、わざわざ俺を探しに来たのはそういうことか。


 世を渡る金も要らず、身を守る武器も要らず、この世界で最も安全で安心であるところと言えばただ一つ。


「それがあるのよ! 分かってるくせに。この世界で唯一邪神と戦い、千年の平穏をもたらしている魔人。彼らが住む島ブリタン島! ――つまりアル、あなたの故郷よ」



 俺は魔人じゃない。普通の人間だ。

 ただ孤児になり、魔人に育てられた。


 俺は17年前、“星落とし”という自然災害のようなものに巻き込まれ、両親と姉を失った。

 あの日、空から突然星が降り落ち、俺たちの牧場を破壊し、ゴロ牛たちを顔のない二足歩行の異形に変えた。

 両親は無策に星の落ちた牧場を見に行って、その異形に殺された。

 賢かった姉は、何の疑問も抱かずに両親を待つ俺を家から連れだし、物置小屋に潜ませた。

『忘れ物をしたからとってくる』

 そう、姉が言った。

 俺はその最後の姉の言葉を、今でも生々しく思い出せる。

 腹が立つ。


 そんなことで死んでしまうなんて、情けない。

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