第6話 3人寄っても
竜人の少女はエリーと名乗った。
「に、人間さんたちも、ブリタンに行こうとしてたんですよね?」
エリーは肩を震わせ声も震わせて、俺たちにそう聞いた。
それに対して偉そうにふんぞり返ってマルタが答える。
「そうね。このプロペラ機で飛んでいくつもりだったわ」
「なに!?」
空を飛ぶだけで満足するのではなかったのか。
「何驚いてんのよ。……ブリタンまではついてきなさいよ。その後は好きにどうぞ」
なるほど。把握。そこまでしないとお役御免にはならないわけね。
「あの、これじゃ無理だと、おもいましゅっ!」
エリーが噛んだ。太いしっぽがピンと跳ねる。結構痛かったのだろう。
風が吹いて、何かがカラカラと乾いた音を立てて転がる。主人のいない魔人の拠点のすぐ外で、異邦人三人の作戦会議が始まろうとしている。
俺は話が長丁場になる気がして、地面に胡坐をかいた。マルタがごみを見るような目で見てくるが気にしない。
「うぅ……。魔人ならブリタンまで飛べるでしょうけど、人間さんでは魔力が足りないです」
「一応、10人分の魔力触媒ならあるんだが、それでもだめかい?」
そう言って俺は尿瓶を軽く持ち上げる。
隣に立つマルタの目が怖い。大丈夫、割ったりしないから。
「ぜ、全然だめです。人間基準で最低50人分、えと、人間さんもわたしも魔人ほど効率よく魔法を扱えないので、ブリタンまでは、その倍は要ります。そ、それにコーチも足りません」
「そんなにか」
これは正直、おてあげだ。
「そう……。それってどうにかして手に入れられないかしら?」
「50人分の触媒ってのがまず難しい。たとえそれをクリアしたとしても、コーチが無理だな。あれの精製方法は魔人しか知らん」
50人分の魔力が込められたものなど、それこそ魔人しかもっていないだろう。
そして何よりコーチ。あれは完全に魔人の技術で生み出された新資源だ。人間ではその平時の取り扱いすらまともにできないだろう。
「そうでしゅ! わたしそれが知りたくてブリタンに行きたいんです」
エリーがぐっと両手を握って目を輝かせた。
「コーチの精製方法が分かれば、竜人は戦えるはずなんでしゅ!」
「ほう?」
驚いた。邪神と戦う気なのかこの子は。
気付けば、エリーの体の震えは収まっていた。
「へー……」
マルタが興味深そうに、クリクリとした瞳にエリーを映した。
マルタが何かする前に俺から質問する。
「それは、どういう事だ?」
「竜人は魔法が下手なんです。魔力は高いですけど、大雑把で威力のある魔法しかまともに使えません」
「エリーが俺たちを助けるときに使った魔法は、大雑把なものだとは思えないが」
「わたしは、いっぱい練習したので」
ふんす、と鼻高々に、腰に手を当てたエリーの姿は、とても誇らしげに見えた。
「今のわたしたちが邪神と戦うには、威力ある魔法をもっと、もぉっと強くして大、大、大威力にするしかないんでしゅ! ――そのために、コーチの精製方法を知って、その応用技術も学ぶのでしゅ!!」
エリーは元気よくその腕を空に突き出した。手の甲にある鱗に太陽が光って眩しい。今日はいい天気だ。
「そして竜人は誇りを取り戻すのでしゅ!!」
――うん。こまったねえ。
マルタの瞳がギラギラと燃えている。興味津々、ご執着といった感じか。
「いいわね!! それ! 面白そうだわ!」
「ひゅいっ!?」
突然のマルタの大声に、エリーが一瞬で身を怯ませた。やはりまだまだ俺たちが怖いようだ。
「竜人が戦いに参加すれば、さぼってる魔人のケツを引っ叩けるじゃない! あたし、全力全面で協力するわ!」
「ひっ! あ、はっはいぃ……お願いします」
そしてマルタは勢いよく、エリーの手に飛びつくようにして握手した。エリーは肩を震わせながらも何とかそれに応えている。
「――さぼっちゃいないさ」
「なに? 声が小さくてよく聞こえなかったんだけど?」
俺のボヤキにマルタが不思議そうな顔をして首だけ振り返る。俺はそれに手と頭を横に振って答えた。
――言って理解できるような話じゃないさ。
♢
スキャンダという国は魔人を嫌っている。
理由はこの第三王女が言っていたように単純明快、嫉妬、ではない。
この国の人々は恐れているのだ。
魔人のその能力と、彼らの歪な生態を。
「ねぇ、ぼぅっとしてないで、なんか良い案考えてよ」
気付けばマルタに覗き込まれていた。いつの間にか思考に溺れていたようだ。
不思議そうにこちらを見つめる瞳はクリクリとして可愛らしい。
――しかし良い案ね。全く浮かびやしない。
このプロペラ機で飛び立つ案が潰れた今、ブリタンまで行くのに取りうる手段はほぼ無に等しかった。
マルタはそのためにわざわざ俺を頼ってきた。俺のコネを頼りにきた。スキャンダの人間らしい考え方だ。魔人を知らぬ人間の考え。
王女であることを秘すれば、マルタだけでも乗せてくれただろうにな。
「うーん……」
そんなこんなでうんうん唸っているとマルタが口を開く。
「スキャンダが出してる定期船があるじゃない。この国からブリタンへの唯一の船。あれに乗っていくのはどう?」
それはダメだな。
「年一の定期船だぞ? 次の出航は3か月後になる」
「なーんだその程度? それなら楽勝じゃない」
腰に両手を当てて偉そうにふんぞり返るマルタ。すごい自信を感じる。
俺たちに3か月も隠遁生活を送れと言うのか。しかもスキャンダの捜索隊から逃げながら。
「お前はそうかも知れんが、俺と、何よりエリーが無理だろう」
「そんなことないわよ。ね? エリー」
「はひっ!? い、む、むりでしゅ!」
わたわたと必死に首を横に振るエリー。よかった、味方だ。
「3か月も一緒にいたら発情期がきちゃいましゅ!!」
――なんと驚き。
ぐっと意気込みを見せるように、エリーが両腕でガッツポーズした。なんかやる気満々。
「り、竜人は年一で発情期が来るんです。時期が来るとしたくない人は冬眠して、したい人は集まってわちゃわちゃします」
――別にそこまで教えてくれなくていいよ?
「へー……」
マルタはキラキラとした瞳でエリーの話に聞き入っている。彼女も年頃の少女だし、やはりそういう話が気になるのだろうか。
いや、マルタの場合は竜人の生態を知りたいという純粋な好奇心からかもしれない。
ちなみに俺は幼い少女の口からそんな話を聞きたくはない。
俺はいたってまともなのだ。
「冬眠するってことは冬の時期が発情期なんだな。――あと2か月じゃないか」
「えっ、キモ。具体的な数字言わなくていいから」
マルタが俺に冷ややかな目を向けてくる。なぜだ。
そんな冷たい目で見ないでくれよ。ほら、エリーも気にしていない風に目をキラキラさせて……。
「そうなんでしゅ! わたし、まだまぐわったことなくて。2か月後はお楽しみなので、それまでに里に帰っておきたいんでしゅ!」
すごいキラキラしてる。
「そ、そう」
マルタがちょっと引いている。方向性は違うけどお前も似たような感じだからな?
「……そしたら定期船はやっぱりダメだな。どうするか」
そしてうんうんと唸る。マルタも、俺たちに慣れて震えが収まってきたエリーもうんうんと唸る。だが何も思い浮かばない。
まさに八方塞がり。
と、その時、急に空が明るくなった。晴天の空に切り込むように白色の塊が落ちてくる。
それは闇を裂く光明ではない。
眩く輝く堕ちた星。
「っ!」
「へっ?」
「ひぅっ! あ、あれは!」
そして星が俺たちの近く、魔人の拠点の中心に落ちた。酷く眩しく、その輪郭は見えない。
落ちた衝撃も音もなく、地面と当たる前に宙に浮いてとどまったのだろうと理解できた。
巡る世界の災禍の一つ、“星落とし”がやって来た。
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